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松本市景観賞は、景観に対する市民意識の高揚と、良好な景観形成に向けた市民のまちづくり活動の推進を図るものとして、平成元年にはじまりました。
第35回松本市景観賞としては、最優秀景観賞1件、部門賞1件、奨励賞8件の計10作品が受賞となりました。令和6年度までの応募総数は937件にのぼり、受賞作品数は300件をかぞえます。
所在地:松本市蟻ケ崎台19-1
設計者:(株)林建築設計室
施工者:(有)宗政
小さな半島のような地形を活かした敷地に建物と庭がバランスよく配置され、適度な密度の植栽越しに見える建物が、閑静な住宅街の中で独特な景観を創出していることを評価し、最優秀景観賞に選びました。建築から時間が経って、植栽が豊かに育ち、外壁の板張りが馴染んだ今だから完成されたと感じました。
道路に面して開いたエントランス周りは、駐車スペースに敷かれた玉石の白さが建物や植栽の緑と良い対比をなし、それらの低木と高木が道行く人の視線を招き入れるように配置されるなど、巧みな敷地レイアウトのデザインにより、周囲の景観に溶け込んでいることが素晴らしいと感じました。
室外機の目隠しがデザインの一部となっていることも高評価になりました。
所在地:松本市中央3-10-1
所有者:松本市
管理者:(一財)松本市芸術文化振興財団
設計者:(株)伊東豊雄建築設計事務所
施工者:(株)竹中工務店
2004年に開館した本施設は既に、賑わいのあるあがたの森通りの景観の一部になっています。通りに面した建物の北側は屋上に空中庭園を設けて、高さを抑えられ、1階部分を大きくセットバックして車寄せ空間としたエントランスとあいまって周辺に開かれた施設であることを演出しています。
また、南側については建設前からあったケヤキや桜を活かし、隣接する深志神社との一体感を感じられる落ち着いた空間を創出しています。
無彩色の濃淡でまとめられた建物の色彩は松本城にも通じるものがあり、湧水の街をイメージさせる周囲に配置された水盤と共に松本らしさを感じることができました。
竣工から20年を経た今、改めて部門賞に選出することにより、このような周囲への配慮、工夫がなされ松本らしさを感じられる施設が増えて、まち全体が松本らしい景観となっていくことに期待しています。
所在地:松本市野溝東1-11-8
施工者:(有)百瀬進工務店
江戸末期に造られた塀に修繕を加えながら、世代を超えて大切にしてきたことが感じられました。
敷地外からは庭の全景を見ることはできませんが、塀越しにきれいに手入れされた植栽が見え、周囲に潤いを与えています。
石積みの古い部分と新しい部分の調和は難しいところですが、新しいコンクリート基礎を見せない工夫があればさらに良くなると感じました。
歴史的な塀を維持・修繕できる職人が減っており大変かと思いますが、今後も次の世代に繋いでいってほしい景観です。
所在地:松本市大手3-2-21
所有者:松本市
管理者:(株)フクシ・エンタープライズ
設計者:(株)久米設計
施工者:戸田建設(株)
木材、石材などの素材を活かして、松本らしさを上品かつ繊細に表現していると感じました。
歩道沿いに庇をつくってオープンスペースを設け、ガラス越しに自由に使える交流学習スペースが見えることで、市民に開かれた施設であることを表現している一方で、それが具体的に外部の空間にも現れてくると、人の滞留が生まれてより良い空間になると感じました。ソフト面でも工夫をして市民に親しまれる施設となれるように期待しています。
所在地:松本市大手2-1-15
設計者:(株)安井秀夫アトリエ
敷地の南北が景観的に特徴のある女鳥羽川と六九通りに面しており、それぞれ異なる表現の顔を持たせることで、周辺に多様性を与えています。
ファサードからはブティック特有の敷居の高さを感じますが、町屋の通り庭のような視線の抜けがあり、街に開かれた雰囲気が感じられました。
所在地:松本市城山21-9
設計者:(株)田空間工作所
施工者:(株)田空間工作所
旧松本高等学校や旧司祭館のような擬洋風建築を思わせる外観で、背後の坂の上から見下ろすと、建物の色彩が空や山並みと調和していて素晴らしいと感じました。自動車の色を建物とあわせていて、こだわりを感じます。
塀の色合いや素材を建物と合わせたり、設備に配慮を加えると、全体のバランスが取れてより良い印象になるのではないでしょうか。
所在地:松本市深志2-6-17
設計者:(株)ワークスゼロ
施工者:小坂塗装
落ち着いた雰囲気のある天神小路に佇み、出入口を奥へ配置する秘密めいた空間づくりからはあやしさや面白さを感じます。
植栽を際立たせる外壁の鉄さび風の塗装など、まちなみへの配慮がうかがえますが、塗装の表現だけでなく鉄や砂といった素材があると、より魅力的になると思いました。
所在地:松本市深志2-5-17
設計者:福嶋 正
施工者:大蔵木工(株)
古い町家の建物をリノベーションし、カフェとして活用しながら残していることが素晴らしいと思いました。
外観の雰囲気を残しつつ、出入口に設けたポーチの空間、店内の雰囲気が感じられる大きなガラス窓など、現在の用途にあった改修がされています。こぢんまりとしていますが、周囲の大きな建物に負けない存在感があります。
所在地:松本市沢村2-1-3
設計者:(株)林建築設計室
施工者:(株)滝澤工務店
交通量の多い道路に面しているため、外壁ではなく角に開口を配置することで、プライバシーが確保された現代的な住みやすさが想像できます。道を挟んで見るその外壁はシンボルツリーの背景となり、植栽の緑を際立たせています。
一見すると閉鎖的に感じますが、建物周囲の豊富な植栽が、外壁から受ける圧迫感を軽減しており、周囲への配慮がみられ、好感が持てました。
所在地:松本市大手4-2
活動団体:みどり食堂
木陰や水辺など、居心地のいい環境を活用する取り組みです。常設ではないためか、什器の造りには統一感がないように見えますが、お祭りのような楽しさやアジア的な混沌とした雰囲気が感じられました。
実施日が限られていることから、今後は常設に向けて、魅力的な空間づくりを継続されるよう期待しています。
「時間」は景観を生かし育てるものである一方で、劣化させ篩(ふるい)にかけるものでもあり、また、「時間」自体が景観の一部でもあります。景観の要素である植物は時間と共に成長し朽ちますし、人工物は環境の中で汚れたり劣化したりします。より長い時間の中では、物理的な変化だけではなく、社会や人々の行動、認識、感性などが変化し、同じ対象についても人々が受ける印象が異なってくることもあります。時間を経てきたこと自体に価値が見出されることもあります。したがって、景観賞を選考するにあたっては、景観と共に流れる時間の働きを読み解くことが重要であり、醍醐味でもあります。
本年度選出した、最優秀賞1件、部門賞1件、そして奨励賞8件の計10件の中には、時間を経て敷地に馴染んでいるもの、既に街の景観の一部となって周辺に影響を与えているもの、また長く受け継いできたものなど、評価において「時間」を意識させられた作品がいくつもありました。
最優秀景観賞として建築物・工作物部門に応募された「見わたす家」を選びました。本作品は傾斜地の住宅街の途中にある突き出した地形の上に立地し、坂道を上ってくると、作品名のように周囲を見渡しているような佇まいの独特な存在感があります。立地、敷地の特徴を理解した上で、時間の要素を組み込みながら建物と外構が計画・設計された結果、植栽の成長と建物の程よい風化により現在の良好な景観を形成していることを評価しました。
部門賞は建築物・工作物部門に応募された「まつもと市民芸術館」を選びました。竣工からちょうど20年となる本作品は、著名な建築設計事務所の手による本作品を、長い時間を経た今、落ち着いて見ることによって、作者が松本に置く建築に与えた様々な設えが機能し、敷地にしっかりと錨を下ろしていることを確認することができました。なお、本作品は規定で最優秀賞の候補にはなりませんでした。
奨励賞は、建築物・工作物部門に応募された公共建築物から1件、住宅が2件、店舗が3件、そして個人宅の塀1件と、まちづくり活動部門に応募された1件の合計8作品を選びました。これらは、既に長い時間を過ごしてきたものに価値を見出して手を加えられたもの、時間を経たような装いを与えられた新しいもの、そしてこれから長く残っていくであろうものと様々で、これからも流れていく時間の中で、松本市の重要な景観となっていくことが期待されます。
今年度から当委員会の副会長を務めさせて頂くことになりました。普段は地方都市における空き家や空き地の利活用を推進させるために、調査・研究や地域活動を行っています。空き家や空き地は放置すれば景観を阻害する要因になってしまいますが、うまく利活用すれば、地域住民の日常生活を豊かにすることができ、また、良好な景観を形成するための大切な要素にもなり得ます。私は日々の研究や活動から、良い景観を形成するために必要なことは、月並みな言葉ではありますが、「思いやり」だと考えています。松本市を散策すると、綺麗に維持管理されている河川や水路、建物前面の花壇や植木鉢、新旧の建造物の調和のとれた通り等、他者への「思いやり」に満ちていることに驚かされます。それらの建築物や工作物を正しく評価して手本として公表することで、今よりも更に多くの「思いやり」が松本市全域に広がっていくことの一助を担うことができれば、この上ない喜びです。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
さて、今年度の景観賞では、「見わたす家」を最優秀景観賞に、「まつもと市民芸術館」を建築物・工作物部門の部門賞に選定しました。住宅と文化施設、木造とRC造、住宅地と中心市街地。一見すると全く異なる建築物が選出されていることに、松本市景観賞のユニークさを感じます。一方で両者には「成熟」と「包摂」という共有点もあります。「見わたす家」は、築後17年の住宅であり、その月日が庭の樹木を育て、外壁を適度に変色させ、建築物と木々が見事に調和した、成熟した景観を創出しています。また、歩行者に対して塀で囲い排除するのではなく、自由に観て安らいで欲しいという包摂の気持ちが強く表出されています。「まつもと市民芸術館」は言うまでもなく、長きに渡り松本市民に愛されてきた名建築です。建物だけでなく屋上の樹木も敷地内の木々も成長しており、市民に憩いの空間を提供しています。奨励賞を受賞した建築物、工作物、まちづくり活動の中にも、長い年月を経て周囲と調和し、多様な人々を受け入れ、動植物と共生する場が、多数形成されています。そして、それらの建築物、工作物、まちづくり活動が、多くの市民に愛され良好な状態で維持され続けるためには、所有者だけでなく利用者や参与者の「思いやり」が必要不可欠です。
また、奨励賞の中には比較的新しい建築物、工作物もありました。それらの作品が今後ますます松本市の魅力的な景観の一要素として機能するためには、やはり皆様の「思いやり」が大切です。温かな眼差しで、ですが必要に応じて時には厳しく支えていって頂ければ、大変嬉しく存じます。