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第32回 受賞作品
松本市景観賞は、景観に対する市民意識の高揚と、良好な景観形成に向けた市民のまちづくり活動の推進を図るものとして、平成元年にはじまりました。
令和2年度に応募のあったものについて、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け延期となっていた選考を本年度行いました。第32回 松本市景観賞としては、最優秀景観賞1件、部門賞6件、奨励賞3件の全10作品が受賞となりました。これまでの応募総数は876件にのぼり、受賞作品数は274件をかぞえます。
最優秀景観賞
水と緑の懐かしいまちなみ
まちなみ部門
所在地:中央3丁目
団体:南源地町会 青年部
所有者:塚田 章夫 (旧三河屋)
所有者:池上 博久 (池上邸)
旧三河屋や池上邸といった歴史ある建物が点在し、小さな蛇川がせせらぎの音と共に繋ぐこの通りは、湧水のまちなみとして、松本を離れても思い浮かぶ場所です。このまちなみを見渡せる小公園は、地元の人々がいつからか置いたプランターに花々が咲き、いつ立ち寄ってもきれいに管理されていて、日向ぼっこをしたり、立ち話をしたりと、小さなスペースながらくつろげる空間となっています。また、地元の人々だけでなく、高校の通学路として毎日学校へ通う若い世代など、さまざまな人々にとっても良い体験を生む景観だと感じられます。
日々営まれる生活の中で自然や歴史が心地よく混ざり合う、この「水」と「緑」の松本らしいまちなみを、これから先の未来も大切にし、このような憩える場が松本の街中へ広がっていくことを期待します。
部門賞
笹賀の大和塀と和風住宅の景観
建築物・工作物部門
所在地:大字笹賀4344-1
所有者:古川 東久光
設計者/施工者:株式会社五条建設
幹線道路沿いにあるこの大和塀は、外からの目線を遮りながら風は通すという本来の機能は確保しつつも、低く抑えた背でワイドに連なる姿は、大和塀の形として新鮮な印象を与えながらも、背後の見事な植栽や瓦屋根を持つ和風住宅と調和が図れています。また、外から見えない部分で伝統的なスタイルを現代の技術で支えており、細やかな工夫に好感を持ちます。
木曽のサワラ材の持つ、テクスチャーとボリュームは圧巻です。このような塀が交通量の多い場にあり、そしてさまざまな人々が目にすることができることは、松本の景観としてとても意味のあることだと感じています。この大和塀のある景観が、近隣景観へも良い影響を与えて欲しいと思います。
蕎麦 日より
建築物・工作物部門
所在地:城東1丁目1240
所有者/設計者:蕎麦 日より 丹羽 康文
施工者:株式会社堀井製作所
建物の白い壁全体を背景とした看板は、ファサードをほどよく引締め、店主自らデザインをした優しい字体からは店の居心地の良さをほのぼのと感じられます。また、日本語だけでなく英語も併記された看板は、松本を訪れる外国人への配慮もありながらデザインとしても綺麗です。さり気なく添えられている蕎麦の実の絵柄は、暖簾にも使われており、汎用性があることも評価できると思います。夜にライトアップされ立体的に浮かび上がる姿は、昼とはまた異なる表情を見せ、看板として効果的だと感じます。
影の落とし方にも工夫が感じられ、このように金工で立体感のある看板は、松本の看板の歴史を踏まえた、とても良い看板だと思います。
リスと設計室
建築物・工作物部門
所在地:沢村1-1669-1
所有者:須澤 政文
管理者/設計者/施工者:リスと設計室 横山 奈津子
住宅街にひっそりと佇む、優しい面持ちの小さなこの建物は、まちなみに馴染むデザインながら設計事務所としての存在感の強さも感じられます。もともとの古い建物の雰囲気を保ちつつ、植栽や開口部、花ブロック塀など一つ一つ丁寧に考えられているところも、良い印象を受けます。また、建物の前から始まる坂道を上ったその先のまちなみへの連続性だけでなく、「リスと設計室」という素敵なネーミングとも相まってどこかロマンチックな物語さえも感じられます。
賃貸という制約の中で、主にファサードの改修と沿道の外構整備のみでありながら最大限の効果が出ています。建物全体を改修しなくとも、これだけ良い印象に変わるという好事例として、古い空き家の活用方法へも一石を投じる、ポテンシャルを持つ建物だと思います。
信州スカイパーク ターミナルゾーン 連絡橋と里の水景
オープンスペース部門
所在地:空港東8909
所有者:長野県 松本建設事務所
管理者:TOY BOX
設計者:株式会社KRC
設計者:キタイ設計株式会社
施工者:株式会社信州グリーン
土地の高低差を上手く利用しており、樹木や石、水流などに加え、連絡橋という人工物を組み合わせることで、人が佇んだり歩いたりできるよう整備がされた落ち着いた空間です。また、乗鞍の石をふんだんに使ったダイナミックな石積みは、松本らしさとして評価します。より誰もが楽しめる景観にするために、里の水景を外から眺めるだけでなく、足を踏み入れて楽しむためのバリアフリーの視点があるとよかったと思います。
これだけ良好な緑地を持つ点は、世界に対する松本の玄関口である松本空港の特色だと思います。例えば連絡橋への案内板を空港内や駐車場に設けるといった、些細な工夫で、空港利用者が気軽に広場を散策できるよう誘導を図ると、景観の持つ意味が更に深まるのではないでしょうか。
松原モールぷろじぇくとの活動
まちづくり活動部門
活動場所:松原176
活動団体:松原モールぷろじぇくと
松原モールを訪れると、モールの舗装や花壇そして水辺に至るまで日常的に清掃や手入れがきめ細やかに行き届いており、地元の方々に愛されている場所だと感じ、温かさを覚えます。シンボルとして特徴的な時計台のからくり人形は、動いている姿を間近に見られることに価値があり、その修理活動を地元有志で行ったことに好印象を受けます。
中心市街地や農村地帯とはまた異なる「松原」という地区は、住む人々が「自分たちの街だ」という意識と共感、そして地元への愛着を持って、暮らすことのできる場所だと感じます。まちづくり活動として道半ばというところもあると思いますが、これからもこの未来を見据えた活動が続いていくことを期待します。
松本藩主の本陣・小澤家
まちづくり活動部門
活動場所:保福寺町246
活動団体:アグリツーリズム四賀推進協議会
四賀地区にとって非常に重要な要素であるこの建物の再生利用活動は、文化財の維持管理方法の良い提案でありながら、まちづくり活動として古民家再生にとどまることなく、小澤家を含めた四賀地区全体を考えての活動でもあります。また団体メンバーだけでなくボランティアを含めての活動は、四賀地区の地域活性化にも繋がると感じられます。古民家は経済的な理由で取り壊されている事例も多く、経済活動がなされていくことは大切だと思います。
この活動をきっかけに、四賀地区を多くの人々に知ってもらい広めていくこと。そして今後この活動が、地元の住民の方々にとって四賀地区への郷土愛醸成へ繋がることを期待しています。
奨励賞
田立屋ビルファサード改修
建築物・工作物部門
所在地:大手3-77-9
所有者:株式会社田立屋 大宮 康彦
設計者:株式会社倉橋建築計画事務所
施工者:ハシバテクノス株式会社
ぱっと目を引く、白く明るいファサードを持つ建物は、落ち着いた色合いのアクセントカラーも相まってモダンな表情を街に見せます。枡形広場に向けて設けられたカフェにより、建物が街へ開かれ、道行く人々を巻き込んで街の活性化に繋げたいという想いを感じます。
元からある、金工職人・飯野氏による箱文字看板や街路灯看板がとても良いものだからこそ、壁面に大きく目立つよう描かれたローマ字表記の文字と、対になって生き生きとするよう、改修時にレイアウトがなされていたら更に素晴らしいものになったと思います。
ペットクリニックのサイン
建築物・工作物部門
所在地:出川町545-3
所有者:南松本ペットクリニック 院長 山本 研吾
設計者/施工者:株式会社アートプランニング
大きく派手な看板の増えている幹線道路沿いにありながら、敷地に分散された複数のサインが全体としてペットクリニックの看板となっていることを評価しました。白地に程よい大きさの細文字で表現された、控えめながら分かりやすい建て看板は、デザインも清潔で信頼感があります。ペットのシルエットは、他のペットクリニックでも見かける定番となりつつある設えであるため、物語のあるサイン計画によって差別化できるかもしれません。
松本の幹線道路沿いの看板に、今後良い影響を与えてくれることを願います。
まつもと hikariのページェント
オープンスペース部門
所在地:大手(丸の内)
団体:さわやか信州松本フェスティバル組織委員会
設計者:Tokyo Lighting Design合同会社
千歳橋から大名町通り、そして松本城までの、時代の流れを感じられる街中を照らすライトアップ計画であり、以前のものからシンプルになった有様は引き算のデザインの好例だと感じます。人通りの少なくなる夜間にも、暖かみのある電球色で落ち着いた明るさを見せています。
色温度の調整等で、例えばロウソクでライトアップされているような、ほのぼのとした明るさを得られるかもしれません。ライトアップには、その場における文化的、伝統的な景観を夜間でも認識するという役割もあります。街を引き立たせる、松本らしい光となることを期待します。
第32回 松本市景観賞総評
景観賞選考委員会 会長 石井信行
2年振りの景観賞選出となった今年は、選考委員の入れ替えが例年よりも多く、その結果として受賞作品には従来とは異なった傾向がありました。その傾向は特に「まちなみ部門」と「まちづくり活動部門」に現れていて、これまでは現在までの成果が評価において大きな比重を占めていたのに対して、今年度は将来に向けた見通しやポテンシャルについても一定の評価がされました。応募の特徴としては、眺望景観が複数あったことでした。眺望景観についてはここ数年選考委員会でも議論になっており、北アルプスを背景に広がるまちなみという景観は、まさしく松本らしいものであると言える一方で、本景観賞の趣旨である景観づくりという視点からは、何をどう評価するのか、そして誰を表彰するのかという課題があり、選考委員会では今後も議論を続けていかなくてはなりません。今年度の応募に関しては、視点場が応募要件に適合しないということで評価対象となりませんでした。
今年度の最優秀景観賞はまちなみ部門に応募された「水と緑の懐かしいまちなみ」に贈られることになりました。主に通りの片側の一部分を対象にした応募で、まちなみという単位として捉えられるかどうかが議論になりましたが、この景観が松本市に残っていること、そして今後も残していく価値があるということを広く市民の間で共有したいということで、選びました。
部門賞は6件を選びました。このうち建築物・工作物部門が3件で、建築物、塀、看板といずれも誰にでも手の届きそうな方法で松本らしさを表現していることが評価されました。特に建築物の「リスと設計室」は、古い建物でも要所を押さえたデザインをすることで、高額なリノベーションをしなくても魅力的に生まれ変わることを具体的に示した好例と言え、松本市内でも問題になっている空き家について、活用の仕方の参考になると期待できます。主に公共の空間を対象としたオープンスペース部門は「信州スカイパークターミナルゾーン プロムナード広場 連絡橋と里の水景」の1件が選ばれましたが、より良い空間とするためのアドバイスが選考委員会から示されました。まちづくり活動部門で受賞した2件は、いずれも今後の活動方針が明確なことが評価に含まれています。
松本市景観賞は、市民の方々に選出された作品自体を知って頂くこととともに、選考委員会がそれらの作品に何を見いだしたのかに興味を持って頂くことを期待しています。
景観賞選考委員会 副会長 宮沢 功
景観とは、地域の風土、歴史、文化などを背景としてさまざまな要素が生かされ、地域に調和した人々の生活施設などが総合されたものです。松本には地域の歴史や風土が作る景観要素が豊富にあります。今年の応募作品は今までと異なり、松本の歴史と景観となる水や緑の自然や、それらがつくる景観に注目した応募内容が多かったと感じます。
伝統的な自然が作る景観に着目した典型としては、町中の景観としてよくみられる湧水と緑を活用したものの応募がありました。また広域な景観として、屋敷林を点景とした田園景観、また山岳都市として高台からのアルプスと市街地の都市景観眺望などが提案されていることも大事な視点ではないかと考えられ、改めて松本の歴史的、自然景観が注目されたことがこれからの松本の景観を考える上で新たな可能性を感じることができました。
今回は3点の眺望景観の応募がありました。いずれも都市景観とアルプスが同時に眺望できますが、都市景観の眺望に関してはやはりどこが松本らしいかをよく考え、まちなみが表現する景観がどう見えるかが大切だと思います。また最優秀景観賞を受賞した「水と緑の懐かしいまちなみ」は、街中の道路沿いの湧水に沿った景観です。これは松本のどこでもみられる、昔から続く特徴的な市街地景観といえます。今回景観賞として注目されたことをきっかけに、今後の松本の都市景観形成の方向を示唆するものとなることを期待いたします。
部門賞には、屋敷林の流れを組む「笹賀の大和塀と和風住宅の景観」、建築施設周辺の開かれた自然空間を意識した「リスと設計室」、そして湧水と周辺の緑が作る景観を自然公園として松本の玄関口である空港に設置した「信州スカイパークターミナルゾーンプロムナード広場 連絡橋と里の水景」といった、伝統的自然景観を取り込んだ応募作品が選ばれています。「蕎麦 日より」の看板は、工芸的な看板の歴史・文化を背景としている点も評価されました。
建築物・工作物部門では松本城に向かう大名町通りの街並みを意識した景観の応募もあり、地元住民を含めて、松本市の主要な通りや地域に対する景観色彩などの方針を改めて検討する必要があるようにも感じます。また商業店舗の看板は、「松本看板学会」の活動や、金工、木工など松本に育った伝統工芸による看板のあり方、そして今年度着目された幾つかの視点を含めて、松本と言う地域を育んできた松本ならではの重要な景観資産です。
今後の景観賞を通して松本市民や設計者の松本の景観に対する想いが具体的な成果を上げ、松本の地域特性をよりよく理解し認識できるようになることを心より期待いたします。