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里山辺かるた「て」

更新日:2026年10月14日更新 印刷ページ表示
上金井町会の下篁(しもたかむら)地区より20分ほど登ると、天狗山の中腹に社が建っています。地元では『前山』と称し、『信濃分社』と呼ぶそうですが、何の分社かは定かではないようです。正式名称を『伊雑社山神社合殿(いざわしゃやまのかみしゃあいどの)』といい、幾つもの土地の神様が合祀(ごうし)されているのだそうです。大切な産土神として人々に崇められてきました。明治から平成の初め頃まで上金井地区独自の御柱祭も行われていました。この地は住時「兎川寺の御堂の在った場所」と伝わり『どうどこ』とも呼ばれています。
「社に水が欲しい」との地域の人々の要望に応じ、医博の金井泉中将により『立』より水がひかれたとのことです。現在、境内に同氏による「千代かけて村人やすくさかえよと 守ります神 この天狗山」の歌碑が建っています。
て

よもやま話(上金井町会の宝 天狗山の山神社)

地元で『前山』と呼ばれる山の中腹に社がみえます。正式名称を『伊雑社山神社合殿』というのだそうです。多分「山神社を中心とした幾つもの土地の神様を合祀した社」ということかと思います。大切な産土神として崇められてきました。明治から平成の初め頃までは上金井地区独自の御柱祭まで行われていたといいます。
「この社に水が欲しい」という地元の人々の要望に応じて、医博の金井泉中将が『立』より水道を引いたとのことで、社に清水が流れ出ました。
「千代かけて 村人やすくさかえよと 守ります神 この天狗山」の同氏の歌碑が、 社の片隅に建っています。

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