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里山辺かるた「る」
更新日:2026年10月9日更新
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江戸初期、石川氏が近郊の保養地として山辺茶屋を設け、その後水野氏によって増改築されました。その折、湯守にも自分の湯場を建てさせ湯治客を受け入れることを許可したのが、湯の原の温泉街の始まりといいます。御殿の湯は明治4年に官有化されるまで続きました。

よもやま話(石川氏より始まった山辺御殿)
松本のお殿様の別荘である茶屋(御殿)は山辺・浅間・洗馬の3か所に設けられたそうです。中でも『山辺御殿』は初代石川氏が近郊の保養地として山辺茶屋を設けたのが始まりです。
その後水野氏によって増改築されましたが、その折に、湯守にも自分の湯場を立て湯治客を受け入れることを許可したのが現在の美ヶ原温泉郷の原点となりました。その後『御殿』はというと、官有化の後、5人の拝借人に営業が委ねられることとなりました。
しかしこの歴史ある建物のほとんどが大正14年の大火で焼失してしまいました。
その後水野氏によって増改築されましたが、その折に、湯守にも自分の湯場を立て湯治客を受け入れることを許可したのが現在の美ヶ原温泉郷の原点となりました。その後『御殿』はというと、官有化の後、5人の拝借人に営業が委ねられることとなりました。
しかしこの歴史ある建物のほとんどが大正14年の大火で焼失してしまいました。

