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里山辺かるた「せ」

更新日:2026年10月8日更新 印刷ページ表示
林城は林町会と入山辺の橋倉町会との境界にある山城です。また、林町会内の大嵩崎(おおづき)地区を抱え込むようにして大城と対峙して林小城があります。井川に館を構えていた信濃守護の小笠原氏は戦国期に入って、同族の伊那の小笠原氏からの襲撃や河川の氾濫に備えるため、7代清宗が要害城として完成させたと伝わります。築城年代は1440~1460年の間と思われます。以降11代長時が武田氏の侵攻で退避した天文19年(1550)までのおよそ90~100年間存続したと考えられます。林城は大城を中心に、松本平から安曇平にかけて幾つもの支城や出城を持つ大きな規模を誇るものでしたが、強力な戦国大名だった武田氏の前に、あえなく落城してしまいました。
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よもやま話(林城、国史跡指定へ)

(平成28年8月1日の記事)古くから『東城山』の名称で松本市民に親しまれてきた林城は、長禄4年(1460年)に小笠原7代清宗によって築かれ、以降11代長時が武田氏の進攻の前に、あえなく退避した天文19年(1550年)まで、およそ90年間存続したと考えられています。
長年の地区住民の願いが叶い「わが国の戦国時代の歴史を理解するうえで極めて重要な遺構」と認められ、「恒久的な保存と活用を図ることが大切」として、いよいよ国史跡指定されることが確実という段階に来ました。
これからも地区住民の『宝』として、住民の手によって守り親しまれていくことが大切と思います。ご支援を‼
※林城の大城は平成29年2月9日に、小城は平成31年2月26日に国史跡に指定されました。

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