本文
里山辺かるた「を」
更新日:2026年10月6日更新
印刷ページ表示
平安初期、「林の里長『六郎』の娘『有後姫』が、征夷大将軍坂上田村麻呂の副将として当地を訪れた藤原緒継(ふじわらのおのつぐ)と結ばれた」とする伝説から、「良縁結びの神」として崇められていた『宿世結神(しゅくせのむすびのかみ)』の小さな祠が、千鹿頭山の西隅に突き出た小さな峰の鞍部(あんぶ)にあります。元禄(げんろく)時代に祀られたもので、「かつては小さな神社が祀られていた」とも伝わりますが、定かではありません。千鹿頭山の麓を廣澤寺山から下る逢初川が流れますが、その脇に「信濃ナル 逢初川ノ辺(ほとり)ニハ 志ユクセムスフノ 神イマシマシ」の古歌碑(こかひ)がひっそり建っています。
※取り札を多くする必要から「乙女」の振りがなを「をとめ」と、旧カナ遣いで表示しました。読みは「おとめ」です。
※取り札を多くする必要から「乙女」の振りがなを「をとめ」と、旧カナ遣いで表示しました。読みは「おとめ」です。

よもやま話(千鹿頭山に良縁結びの神おわす)
平安初期、「林の郷の里長『六郎』の娘『有後姫』が、征夷大将軍坂上田村麻呂の副官として、当地を訪れた藤原緒継と結ばれた」という伝説から、『良縁結びの神』として、千鹿頭山の西隅に突き出た小峰の鞍部に祭られたのが、『宿世結神』です。
現在は、林地区と神田地区の二つの小さな石の祠が、それぞれ少し離れた別の場所に建つのみですが、住時は「小さな神社が建てられていた」と伝わります。しかし詳細は不明です。
千鹿頭山北麓沿いに、廣澤寺山を源とする逢初川が流れます。その脇に『信濃なる 逢初川の辺には 宿世むすぶの 神いまします』の古歌碑がひっそりと建っています。
現在は、林地区と神田地区の二つの小さな石の祠が、それぞれ少し離れた別の場所に建つのみですが、住時は「小さな神社が建てられていた」と伝わります。しかし詳細は不明です。
千鹿頭山北麓沿いに、廣澤寺山を源とする逢初川が流れます。その脇に『信濃なる 逢初川の辺には 宿世むすぶの 神いまします』の古歌碑がひっそりと建っています。

