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桐分校
桐分校のある松本少年刑務所
桐分校は日本で唯一の、また世界的にも例のない刑務所内の公立中学校です。桐分校のような学校は、この松本市にしかありません。全国の受刑者の中から、義務教育を修了していない、または十分な教育を受けられなかった人で、勉学の希望の強い人が選ばれて入学して来ます。
なぜ桐分校ができたのか
昭和28年当時、松本少年刑務所に収容中の少年受刑者のうち、約8割という多数の人が、新制度義務教育を終えていませんでした。それは、彼らの就学環境が良くなかったということや、学制改革に際会したということに起因しています。彼らの学力は全体的に大変低い状態にありました。
当時の所長や関係職員は、こうした実状を憂いました。そして、「自分の過ちを正そうという意欲を呼び起こしたり、社会復帰後の再起の原動力としても、ぜひ施設に在る期間中に、少なくとも新しい義務教育修了程度の学力を身につけさせたい。そして、正規の資格証明を与えたい。これらのことは矯正施設にあって特に重要である。」として、彼らに義務教育修了資格を取得させる方法についていろいろと調査研究しました。その結果、所内に中学校をつくり、中学校課程の教育を受けさせることが最もよいとの結論に至りました。
この構想について、長野県教育委員会、松本市教育委員会、旭町中学校は積極的な理解を示しました。ただ、この問題に関しては法的な問題もありました。そこで、昭和30年2月、法務省は監獄法施行規則改正などの法的措置をとり、松本市議会は旭町中学校桐分校開設を決議しました。
こうして、日本の刑務所史上例のない矯正施設内の公立中学校である旭町中学校桐分校が誕生しました。第1回入学式は、昭和30年4月6日のことでした。
教育目標
旭町中学校本校の教育目標である「剛」(たくましく)「愛」(やさしく)「聰」(かしこく)を受け、かつ分校生の実態の特質をふまえ、学力較差、嫌学の態度の除去を中心に、重点目標を次の6点においています。
- 落ち着いてしっかり勉強しよう(学習生活の確立)
- すすんで考え、すすんで行動しよう(自主性の確立)
- 協力して楽しい桐分校にしよう(杜会性の確立)
- 健康な身体をつくろう(健康生活の確立)
- 勤労精神を養成し、働く喜びを体得しよう(勤労精神の涵養)
- 偏見やすさんだ気持ちをやわらげ、美しいものを美しいと感じよう(情操教育の確立)
どんな人が入学しているのか
入学資格
全国の受刑者が対象であり、刑務所での生活態度が良好で強い学習意欲があることなどが入学の条件です。
入学までの手続き
全国の刑務所からの応募者より、法務省矯正局長が東京矯正管区長・松本少年刑務所長の選考に基づいて入学候補者を決定します。その後、入学認定会議において、旭町中学校長が一人ひとりと面接を行って入学の可否を決定します。
入学生徒の様子
桐分校へは、全国各地の施設から入学を希望してやってきます。入学者の年齢は、分校設立から昭和四十年代までは二十歳前後の青年層の生徒が多かったのですが,五十年代からは平均年齢に上昇の傾向が現れ,六十年代,平成に入るとその傾向はさらに顕著になりました。現在は戦前・戦中・戦後の混乱期に就学ができなかった方の高齢化が進み、義務教育未修了者が減少しています。そのことから、平成31(2019)年度より、義務教育を終了した者でも社会復帰に向けた学び直しへの強い意欲があれば、入学を認められるようになりました。
入学の動機
入学者の入学への動機は、「国語や数学が分からないと恥ずかしく、将来も自分が困るから。」とか、「勉強に励み、人間として成長したいから。」というものがほとんどです。そこからは、入学希望者が、受刑という目をそらすことのできない現実から自分の過去の人生の軌跡を直視し、学習をすることを通して何とか更生の道を歩み、自分の将来に明るい展望を持ちたいという切実な願いが伺えます。そしてその願いは、全受刑者や多くの来賓の見守る中、緊張と喜びの入学式を経験することで、「もう後へは戻れない。なんとしてもやり通さなければ。」という新たな強い決意へと高まっていきます。
学習の様子
授業は午前中4時間、午後3時間、合計7時間の時間割で進められます。どの教科とも、その年その年の生徒の実態に立ってカリキュラムが工夫されています。特に基礎的・基本的な内容の重視という立場から、分校は中学校課程ではありますが,小学校の学習内容を随時取り上げたり、個に即した課題を持たせたりして,一人ひとりに合った確実な力が身に付くように工夫しています。
学習は、この日課によって夏休みも冬休みも中間休みもなく、就学期間である一年間を通して続けられます。一日7時間の授業に加え、夜間3時間の自習時間を含め、都合10時間の学習を毎日続けることは、学ぶことから何十年と遠ざかった生徒たちにとって並大低のことではありません。しかし、黙々とした学習が今日も続いています。
少年刑務所内にある桐分校の入口
1年間の様子
桐分校1年間の様子
春 | 入学式 | ほとんどの生徒が、多くの人の前で初めて祝福され、「本当に中学校に入学したんだ。これは何とか頑張り続けなければ。」という気持ちになる。入梅まで無事学習を続けるとあとは大丈夫。分校の人間関係も落ち着き、相互のかかわりも出てくる。 |
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初夏 | 少年母の会 | 「少年母の会」の総会で「母さんの歌」他一曲をステージ発表する。歌う方も聴く方も心の琴線を揺さぶられ、感動のあまり涙ぐむ。飾らない自分らしさを出すようになる |
秋 | 運動会 | 運動会。若い受刑者の中にあって年齢の高い分校生の出番は少ないが、声をからして声援し、楽しむ。 |
冬 | 交歓会 | 本校の先生方と卓球の交歓試合。年齢を感じさせない動き。勝っても負けても体育館に明るく響く歓声。 |
施設外教育 | 旭町中学校の音楽室で、本校の生徒とともに歌う「校歌」に涙。 | |
春 | 卒業式 | いよいよ卒業式。校長先生から受ける卒業証書に感動。声が震える「仰げば尊し」。卒業証書をうれしそうに眺め、ほほえむ。 |