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放光庵の石造地蔵菩薩立像

更新日:2021年12月20日更新 印刷ページ表示

(読み方)ほうこうあん の せきぞう じぞうぼさつ りゅうぞう

  • 指定等区分 松本市重要文化財
  • 指定年月日 平成28年3月23日
  • 種別  歴史資料
  • 所在地 松本市大手5-5-31(放光庵)
  • 所有者 宗教法人放光庵
  • 時代区分 江戸時代

放光庵のご本尊さま

この地蔵菩薩像は、寛文9年(1669年)に制作されたものです。松本城下町の東、石工が多く住む餌差町を出た旧清水村の放光庵の本尊として、平成27年にお堂が解体されるまで、その中に安置されていました。
総高152cmと、松本市の石仏としては最大級で、制作年不明の旧念来寺の六地蔵(現存するのは1体のみ)と並ぶ大きさです。
舟形光背・蓮華座が一体となった浮彫り延命地蔵菩薩像で、顔などの一部に金泥が施されています。また、石像には施主などの人名が多く刻まれていますが、このような石造物は、松本市内には他に例がありません。

この地蔵菩薩像は、入山辺地区の堀ヶ沢に産出する通称「ホリガサ」という石材で造られています。光背に陰刻された施主の一人、廣井作次兵衛の「生国相○1根布川」という文字から、石材は相州(現在の神奈川県)産とみる研究報告もありましたが、石質を分析したところ、堀ヶ沢産の可能性が高いという結果が出ました。

松本市域で石造彫刻が盛んに見られるようになるのは元禄年間以降であり、この地蔵菩薩像はそれに先行する石像です。蓮華座を一体で彫り出す手法や舟形光背の中に頭光を表現しているところに制作年代の古さがうかがわれます。
制作年代が明らかな江戸時代前期の石像が、地元山辺産の石材を用いて制作され、城下町東口の石工が集まる餌差町付近の放光庵に安置されていることは注目すべきことであり、松本の石造彫刻史を解明するうえで貴重な歴史資料です。

※○1:三つの刀、州の異体字このページのトップに戻る


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