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牛伏寺銅板線刻十一面観音御正体

更新日:2021年12月20日更新 印刷ページ表示

(読み方)ごふくじ どうばん せんこく じゅういちめんかんのん みしょうたい

  • 指定等区分 松本市重要文化財
  • 指定年月日 平成27年(2015年)7月7日
  • 種別    彫刻
  • 所在地   松本市内田2573
  • 所有者   牛伏寺
  • 時代区分  鎌倉時代

鉢伏権現の本地仏か

御正体(みしょうたい)とは

御正体とは、円形の鏡板(神体)に仏像(仏体)を接合して、神仏一体として礼拝できるようにしたもので、神仏習合の考え方からできたものです。
牛伏寺の御正体は、円形に裁断した銅板へ十一面観音像が線刻されています。線刻は太く、しかもわずかに背面から打ち出して、十一面観音像が立体的に見えるようにしています。御正体の上方の左右に小さな吊耳(鐶)があることから、壁や柱にかけて拝めるようにされていたことが分かります。
御正体がつくられはじめた平安時代前半期は、実用される鏡の鏡面に仏像や神像の姿を入れ「鏡像」形式でしたが、12世紀頃から、円形の銅板に別の銅板で制作した仏像を接合したものや、壁などに懸けて拝めるようにした「懸仏」という形式のものが創案され造られるようになりました。牛伏寺の御正体は「鏡像」から「懸仏」に至るまでの中間の形式を示しています。

鎌倉時代の彫像

牛伏寺の御正体のような形式は、おおむね12世紀後半から多く見られるようになります。彫られている十一面観音像の明快で雄偉な尊容表現を見ると、制作年代は鎌倉時代になると推定されます。
この御正体がいつ頃から牛伏寺にあるのか、伝来ははっきりしません。しかし、収められていた場所は牛伏寺境内にある鉢伏権現社であるため、この御正体は鉢伏権現の本地仏(仏教において、日本の神様の本来の姿とされる仏)として祀られていたとも考えられます。長野県内では大町市の仁科神明宮の毛彫りの御正体(重要文化財)に次いで古いものとみられ、松本地方の彫刻の歴史を考えるうえで貴重なものです。このページのトップに戻る


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