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宮海道堰堤

更新日:2025年2月13日更新 印刷ページ表示

(読み方)みやかいどうえんてい

宮海道堰堤下流上空より全景宮海道堰堤上流上空より全景宮海道堰堤下流正面宮海道堰堤上流右岸袖部

  • 指定等区分 登録有形文化財
  • 登録年月日 令和6年(2024)12月3日
  • 種別    建造物
  • 所在地   大字入山辺字宮海道沢
  • 所有者   長野県
  • 時代区分  昭和時代

国内初のアーチ式砂防堰堤

薄川は、松本市の東に連なる筑摩山地の標高 1,887mの三峰山を源とする一級河川である。過去に幾度となく氾濫しており、特に明治29年の梅雨前線豪雨では大きな被害を与えた。その後も松本市街地の水害、特に土砂流出を伴う洪水が続いたことから、上流の土砂対策として早急に効果が出せる砂防事業の導入が図られることとなった。

現地は川幅が狭く両岸に岩盤が露出しているため、効果的なダム工法であるアーチ式が採用され、表面を練石積みとし、内部を粗石コンクリートで充填した構造となっている。石積は、堰堤前面では谷積みが採用されているが、水通しなど堰堤頂部では、端部を平積みにして間を谷積みにする、他に例の少ない形状になっている。堰堤上流部は川幅が広くなるため、現状は1,200mまで堆砂が及ぶ非常に大きな土砂流出防止効果を果たしている。

長野県では、松本盆地の上流域になる梓川上流の上高地で、内務省により昭和11年、釜ヶ渕砂防堰堤事業が着手されるが、宮海道堰堤はほぼ同時期の建設で釜ヶ渕堰堤より早く完成している。戦後にかけて多数のアーチ式砂防堰堤が建設されるが、県施工の砂防事業では、宮海道堰堤が国内初のアーチ式砂防堰堤とみられる。また、建設から80年を過ぎる現在も、薄川中流部でその機能を果たし続けており、近代砂防が大きく発展する時代を象徴する歴史的な建造物と言える。

Youtube文化庁公式チャンネル

文化庁公式youtube「とうろくへ行こう!vol.3」<外部リンク>

宮海道堰堤が紹介されています。ぜひご覧ください。

 

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