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移住者インタビュー(中山さん)
中山さん(東京都から移住/単身)
クリエイティブディレクターとしてブランディングやクリエイティブの経験を積んできた中山さん。
現在はフリーランスとして、松本市の観光関係のお仕事なども請け負っていらっしゃいます。
松本市に移住して、生活が豊かになったと語ってくれました。
▲中山さん
Q. 松本市に移住するまでの経緯を教えてください。
出身は埼玉県で、大学進学で東京に行って、そこからずっと東京です。
学生時代から広告クリエイティブの世界に強く惹かれていたので、都内のコピーライターの広告学校みたいなところに通いつつ、アートディレクターの事務所で実際の案件にも携わりながら修行していました。
そのときに講師として教えに来てくれた方の一人がリクルートという会社の当時の局長だったんですけど、いろいろお話をする中でご縁をいただき、リクルートで働くことになりました。
そこではクライアントとなる自治体・企業の想いや課題解決を実現することを前提に、ブランディングやマーケティングの戦略を描いたり、コンセプトを策定してロゴやことばを開発したり…。
ちょっと世間のリクルートのイメージとは異なるかもしれませんが、事業の枠にとらわれない部署に属していました。
それから10年ほど勤務し、2022年の10月で退職。松本市に転入したのは2023年の4月です。
Q. 移住を考えたきっかけは何ですか?
一番大きなきっかけは、当時のパートナーが松本への移住を決めたことです。
今は仲のいい友人ですが、当時飲食店を開業するための物件を探し中のパートナーと一緒に旅行で訪れた際に松本のことをすごく気に入って、「ここでお店をやりたい」と告げられたんです。
僕も元々地方への移住っていうものを10年前くらいから考えていたこともあって、「これはいいタイミングかな」って感じで現実的に考え始めました。
そもそもなぜ地方への移住を考えていたかというと、千葉県の房総半島にツテがあって仕事やプライベートで何度も通う中で、生活や自然環境、空気の違いなど「豊かさとは何か」を自問する機会が増えたんですね。
そんなとき、東京って“帰る場所”じゃないかもっていう問いが生まれて。
“帰る場所”じゃなく、“行く場所”にしたいなって思ったんです。
地方に居ながら東京とかいろんなところに行く生活、そして心穏やかに帰ってくる場所があるっていう…。そういう場所が欲しいなって思ったんですよね。
そうは言ってもいきなり移住を決めるほどの思い切りのよさはなかった。
だから、色々リサーチしてみるとか、いろんな地域を旅しながら「ここ住みやすそうだな」「ここはいい街だけど住むにはちょっとな」とか。
いろんな考えがストックされていって、それがいい具合に温まっていたところで、パートナーが移住を決めたことで沸騰したっていう、そういう感じかもしれないですね。
― パートナーと松本への移住について話をした当時は、松本のことはどのくらい知っていましたか?
観光やりんご音楽祭(※1)で訪れたり、長野県の他の市町村を訪れる機会に立ち寄ったりするくらいでした。
でも、当時パートナーから移住の話があったときは、率直に「いいじゃん」って思いましたよ。
元々長野県自体の印象はすごく良かったので。
僕は性格的に結構しっかり考えようっていうタイプでしたが、こういう自分以外の波に乗ってみるのも一つの人生経験としてはいいかもと思って賛同しました。
(※1 松本市のアルプス公園で毎年開催されている野外音楽フェス。ホームページはこちら<外部リンク>)
Q. 移住後のお仕事について教えてください。
今はフリーランスとして活動していますが、さまざまなテーマや領域の仕事を手がけています。
前職では、大規模や中規模のプロジェクトが中心でしたが、今は小規模や個人レベルの仕事にも携わるようになりました。
東京や首都圏のクライアントとの仕事は続けつつ、最近は県内や市内の自治体や企業、個人店などとの仕事も増えており、新たなつながりが広がっていることを嬉しく感じています。
職業は相手によって使い分けることが少なくありません。
言葉を書く仕事の時は、コピーライターとして、企画メインのときはプランナーや企画屋、プロデューサーっていう形で入ったりもします。
ただ、やはりベースはクリエイティブディレクターやブランディングディレクターとして臨んでいますかね。
実は今、松本市の観光関係の部署とも一緒に仕事をしているんですよ。
移住前後の時期あたりから、県内の他市町村ともちょこちょこお仕事させてもらっていたので、その関係でご縁が広がりました。
松本市内で仕事をする場所として、「サザンガク」というコワーキングスペースに入会して月利用しています。(※2)
事務所を借りることも考えたんですが、移住して最初に住んだ家が一軒家だったので、最初は自宅の2階で仕事をしていました。
その後アパートに引っ越して手狭になってしまったので、いろいろ調べた結果コワーキングスペースを利用することにしました。
今は週2~3くらいのペースで「サザンガク」に通って、残りは自宅やカフェ、出張先でという感じです。
市内にはいくつかコワーキングスペースがあるので、会社に通わない働き方をしている人にも適している環境だと思いますが、まだまだ課題も多いと思います。
個人的な意見として、松本のコワーキングスペースは作業スペースとしてだけなら現在も不足は無いと考えていますが、コンセプトや空間づくり、通っている人同士や外部と深く繋がれる仕組みなどには、まだまだ余地があると思います。
そういう課題やありたい理想を実現していけるといいなと思いますし、そんな一助も今後担ってみたいですね。
(※2 松本市大手にある、コワーキングスペース・サテライトオフィス・テレワークオフィスとして利用可能な施設。ホームページはこちら<外部リンク>)
▲コワーキングスペース「33GAKU(サザンガク)」
Q. 情報収集はどのようにしましたか?
情報収集のツールとしては、観光系の情報メディアや松本経済新聞(※3)、信濃毎日新聞のMGプレス(※4)などで松本のニュースを見ていました。
SNSも結構活用して、いろんなハッシュタグを打ち込んで投稿を見たりとか。
松本市役所の移住推進課にも行って、パンフレットをもらうついでに職員の方ともお話ししました。
東京都内では銀座NAGANO(※5)で相談する機会もありましたね。
あとは、東京にいる長野県や松本出身の友人・知人とか、その知人を通じて教えてもらった人とお茶したり、お酒を飲みながら話を聞いたりとか、ですね。
松本を特集したテレビ番組なども一応チェックしましたし、松本出身のクリエイターやデザイナーの方の作風や思想を通じて「出身が影響しているのかな」といった視点で見たりもしました。
そういうのも含めて、楽しみながらやっていましたよ。
とはいえ、いろいろ情報収集する中で一番役に立ったのは、やっぱり“人”なんですよ。
知り合いの人の話だったり、移住推進課の人の話だったり、街の飲食店の人やお客さんの話だったり…。
人の生の声って一番手触りがあって信用もできるので、それが本当に参考になったと思っています。
情報収集した内容やポイントは、人と人の関係性や距離感をとても気にしていました。
移住の問題は共通しているものがたくさんあると思うんですけど、例えば地元の人と移住者が分断しているとか、移住者は多いけど実態としては対人トラブルが原因で定着していないとか。
なので人との距離感や温度感、あるいは受け皿としての許容度みたいなものに着目して話を聞いていましたね。
― そういった情報収集をする中で、松本への印象としては何を感じましたか?
一言で言うと「ちょうどいい」と思いました。
何がちょうどいいのかっていうと、やっぱり東京と比べると、圧倒的に人の距離が近いと思うんですね。
もちろんコミュニティという意味では変わらないですけど、社会という意味で。
松本では一歩踏み込まないと、向こうからも来るような感じもなく東京と変わらない場合もあるし、一方でこっちが一歩踏み込むと向こうも一気に歩み寄ってくれる場合も多い。
どれが良い悪いという話ではありませんが、個人的にはいずれの価値観も受け容れられる街だなと感じましたし、人々にとっては選択肢があるということなので、その点は素晴らしいと思います。
あと、松本って“セッションしている街”だなとも。
外の人が来て中の人と一緒に何かを生み出したり、その人達が誰かと組んでまた新しい人を受け入れて、そこで何かが生まれるということがたくさんあって…。
こんな街はなかなか無いし、移住する身としてはすごくわくわくする街だなって思いましたね。
(※3 広域松本圏のビジネス・カルチャーニュースをお届けするインターネットの情報配信サービス。ホームページはこちら<外部リンク>)
(※4 信濃毎日新聞社が発行する折込のフリーペーパー。ホームページはこちら<外部リンク>)
(※5 東京都中央区銀座にある、長野県庁が運営する総合活動拠点。県産品を販売するアンテナショップをはじめ、移住・就職の相談ができる窓口もあります。ホームページはこちら<外部リンク>)
▲松本市中央にあるカフェの周年記念の際に友人達と撮影
Q. 地域の方との関わりはありますか?
松本に移住して最初に住んだ一軒家では、町会(※6)に加入していました。
最初、町会にどうやって入ったらいいかも含めてお隣の方に話を聞きに行ったら、そこからすごく親切にしてくださって。
例えば、野菜を持ってきてくれたり、地域のことを教えていただいたり、日常のいろんなことを気にかけてくれました。
町会で月に1回清掃とかがあったんですけど、迎えに来てくれたりもしましたね。
もちろん、お隣の方に限らず、周辺の方々はいつも温かくしてくれました。
昔よく使われた例えの「お隣に醤油を貸りにいく」みたいなことが本当に現実で、それぐらいの距離感がすごく居心地良く感じていましたね。
アパートに引っ越してからは町会に加入していなくて、お隣さんとコミュニケーションを取るようなこともないので、東京での生活と変わらない感じです。
やっぱり前の方が良かったなっていうのは思いますし、少し寂しく感じています。
でもその点で言えば、自分がどこまで踏み込みたいかによって、選択肢がある街だと思います。
(※6 松本市では「町会」と呼ばれる居住地区の区域内の世帯で構成される自治組織があります。町会ごとに特色ある活動が行われており、集会は月1回という町会もあれば、年1回という町会もあります。活動内容や頻度は、所属する町会により異なります。町会の詳細はこちら)
Q. 移住後にギャップを感じたことや、苦労したことはありますか?
仕事面での価値観の違いみたいなところが少し苦労しました。
仕事があるかないかという問題よりは、例えば僕のような仕事って人によっては分かりづらかったりするじゃないですか。
説明をしっかりとしないとなかなかご理解いただけなかったりとか、そこにお金を払う価値っていうところで温度差があったりとか…。
予算規模も大都市圏とは大きく異なるので、案件のバランス管理はとても重要だと感じました。
移住した当初は、県内での仕事が8割、東京の案件を2割っていうのが理想ではあったんですけど、それでは少し厳しくなるなと思ったので、当面は東京の案件を5~6割にしないと移住前の収入も実現しづらいかなと思っています。
クリエイティブな仕事の価値がもっと認められると、移住や関係人口ももっと増えたり、元々松本で頑張っている同業や関連する人がもっと輝けるかもしれないし、クオリティも上がるかもしれない。
なので、そのあたりは自分のこと以上に社会貢献、地域貢献、業界への貢献というベクトルで何とか力になれたらいいなと思っています。
Q. 移住後の満足ポイントはありますか?
人はもちろんですが、やっぱり環境が大きいですかね。
生活の豊かさ、生活の質って大事だなと思っていて、決して丁寧な暮らしをしたいとかではないんですけど…。
美しいと思うものを日常の中から発見したり、季節の移ろいをつぶさに感じられたり。
松本での暮らしは、そんな瞬間の数々に溢れていると実感します。
東京で暮らしていたときと比較しながら考えると、豊かさがすごく増しているなと思います。
あと、市内にいくつか湧水を汲める場所があるじゃないですか(※7)。
以前住んでいた一軒家のお隣さんから教えてもらったんですけど、その水で淹れるコーヒーは本当においしい。
そんなふうに人々の日常の暮らしの中に自然が溶け込んでいるようなところもすごくいいなと思いました。
些細なことですが、例えば朝起きて窓開けたら山が見えたり、自転車や車でちょっと出かけるときに美しい景色が広がっていたり…。
自然とか自分の暮らしとかと向き合える時間を意識できるようになったなって感じるので、圧倒的に生活の質が変わって、そこには大満足ですね。
また、東京を“行く場所”に変えた途端に、東京での過ごし方の質やリズムも大きく変わりました。
例えば僕は仕事柄、インプットとしていろんな作品を見に展示イベントなどにも足を運ぶんですけど、東京に住んでいるときは行きたいものがたくさんあって予定表にメモしていても、その大半がいつの間にか終わっていたっていうことが多かったんです。
でも今は滞在期間が決まっているので、ちゃんと予定を組むんですよ。いついつにこれ行こうとか、この人にここで会おうとか。
すると、住んでいたとき以上に東京での時間を有意義に過ごせていることに気づくんですよね。
移住して1年以上経ちましたが、今では松本に帰ってくると「ホームに帰ってきたな〜」と感じるくらいで。もう松本民ですね。
(※7 松本城周辺地域には、美ヶ原などの山岳地帯や扇状地がかん養した地下水が豊富で数多くの井戸や湧水が存在し、それらを一体的にとらえたものを「まつもと城下町湧水群」としています。市街地に整備された公共の井戸は、水汲み、街路樹への灌水や打ち水等に利用され、市民や観光客の憩いの場となっています。詳細はこちら<外部リンク>)
▲美ヶ原高原の王ヶ鼻にて撮影
Q. お気に入りの場所はありますか?
松本民芸館(※8)が好きです。
民芸品が好きなのですが、いろんなものが置いてあるので何度でも楽しめるんですよね。
家が近いということもあるんですが、ゆっくりできるし、庭も美しく空間としても好きですね。
あと住所だと安曇野市になりますが、長峰山(※9)も好きです。
頂上まで車で行っちゃってゆっくりしたりします。
近隣の市町村も含めて、松本にはふらっと行けてゆっくりできる場所が多いですね。
元々釣りやキャンプもしますが、最近できていないのでこれからはもっとやっていきたいと思っています。
(※8 松本市里山辺(さとやまべ)にある施設。中町通りの「ちきりや工芸店」の初代オーナーの故丸山太郎氏が、柳宗悦氏の民芸運動に共鳴して集めた日本や世界の民芸コレクションを収蔵した資料館。ホームページはこちら<外部リンク>)
(※9 【ながみねやま】安曇野市明科(あづみのし あかしな)にある標高933.4mの山。)
▲松本民芸館