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令和元年度 応募作品

更新日:2022年3月9日更新 印刷ページ表示

景観フォトエッセイ

 景観フォトエッセイとは、松本の魅力的な景観の発掘・収集と、魅力的な景観の想いを共有する機会の創出を目的に多くの人と共有したい松本らしい景観について、写真とエッセイ(文章)でつづった作品です。平成29年に街歩き講座を実施し、平成30年より公募を始めました。今年度は17作品のご応募を頂きましたので、ぜひご覧ください。

1 タイムトンネル

 その昔、深志神社の近くを通学路として小学校に通っていた。幼い私にとって神社とは薄暗くて、ちょっと怖くて、だけど秘密の遊び場のようなドキドキした所だった。繁った木々の上から鳩の鳴き声が聞こえる。そういえば鳩の死骸も見つけ、ギョッとしたことがあったっけ。時が過ぎ、私も随分と年を重ねたせいか、かつての気持ちを呼びもどす風景は見つからない。市民ホールの壁の不ぞろいな水玉模様と、桂の樹の丸い葉が、明るい現代アートのように目に映った。

2 やすらぎの神社

 松本の街を散策したのは、何年ぶりだろうか。千歳橋のたもとのビルに勤めていたのが十年以上前の事です。
 昭和四十六年頃深志神社で、結婚式を挙げた妹の花嫁姿を見た時、あまりの美しさに、涙が溢れた。あれから何十年、花が咲き、実もついた。神社の佇まいも変わらず風格があり、また此処に来たい。令和の時代も、この松本平に根付き、ゆったりと過ごしたいと思う。

3 Nice to meet you

 松本は、私を受け入れてくれた初めてのまちだ。美しい山並みに囲まれパン屋やカフェで過ごすゆったりとした時間に、肩の力が抜ける。不安を抱えて地元を離れた私をすんなりと迎えてくれるようだった。天神通りには古い長屋をリノベーションしたカフェが並び、人々はお気に入りの隠れ家で思い思いの時間を過ごす。新しい家主は古くからある長屋の風景を守り、また、昔ながらの街並みは新しい仲間を受け入れ心地よい空間を作っている。そんな松本の街並みは、私に「安心していいよ」と言ってくれている気がした。

4 街は今も先人たちの知恵で守られている

 普段、慌ただしく通り過ぎる街並みにもそれぞれいろいろな表情があるように思う。
 それは、誰かの想いが表れていたり、日々の営みが創り出していたり、さまざまな顔をしている。
 あがたの森の通りに優しさが垣間見えると少しこちらの心も温かくなる。本町通りの喧騒の音が聞こえると、日々の忙しさを思い出す。小路に入って涼を感じるとこれからの季節も悪くないなと思える。
 もっとたくさん、この街の表情を見てみたい。

5 メールが届かない場所

 まちの真ん中を走る郵便屋さん。彼が一体どんなスピードで松本城の城下町を走っていたのか想像もつかない。現代の目まぐるしい世の中は、彼の目にどう映っているだろうか。この黒いポストに手紙を出してみたい。でも郵便屋さん、赤信号には気をつけて!

6 旅のカタチ

 旅が好きだ。
 街は人気(ひとけ)のない時間(とき)に通り過ぎるものだと思って走ってきた。混み合った場所や渋滞、待っている時間は苦手だった。高原のすいた道路(みち)をただ無になって走り続ける、それが自分にとっての旅だった。
 でも、ふと立ち止まった街角で、気になる路地を歩いてみる。ちょっとした水辺に目を向ける。そんな場所を探してみたい。

7 五月の風

 幼い頃、「河原」という場所に紀大な憧れを抱いていました。
 大学生になり初めて松本に来た時、また女鳥羽川を見た時、整備された河原に感動した記憶があります。そして気持ちも落ち着いた五月、意を決して河原に降りました。降りてみると案外不安定な土に驚き、不安な気持ちになり、散々河原に行くのを止めてきた母の言葉を思い出しました。「自由には責任がつきものなんやで。」松本に吹く五月の風は、新参者の私にとってはあまりにも爽やかすぎて、不安を掻きたてるものでありました。

8 壊れた窓

 「祖父母の家の臭いに似ている」私は思わず大きく息を吸いこんだ。女鳥羽川にほど近い六九商店街で出会った「手塚屋」は、変わった形の窓がいくつもついていた。その窓は、縁の塗装がはがれ、木の格子がところどころ外れていた。一人で街を歩いていると、壊れているのに使われているものたちの多さに気がつく。そして、そこに染みこんだ独特の臭いや深い傷は、使ってきた人の愛着を映している。それは懐かしくもあり、新しい。

9 緩やかな変化

 趣のあるまちに、突如として現れる現代の影。松本というまちは、過去と現在とが形となって共存している。整備されたタイルと稲荷。隣り合う新旧開智学校。このまちの人々の暮らしが一つの流れとして感じられる。
 松本で暮らし始めてから、すれ違う人たちのこれまでの人生とこれからのことを強く意識するようになったのは、このまちなみのせいなのか、自分の中の変化なのかは分からない。

10 東京で待つ妻へ

 いま松本城のあたりを散策しているんだ。お城の北側は昔からの住宅地のようで、緑もたくさんあるよ。住むならこのあたりがいいなあ。松本への転勤が決まって、少しは仕事が楽になるのかな。あずさの発車時刻が迫っている。お城公園をつっきって駅まで行けるようだ。引っ越したらそんなふうに歩いて通勤できるかも知れない。でも、夜遅くには門が閉まるそうだから、こっちに来たら早く帰宅するようにしなくちゃね。

11 私の松本城

 実は幸運にも職場のデスクからお城が望めてしまう。だから、私のお城はいつも決まった形。
 でも、今日の表情はちょっと違う。静かな道から松本神社の大きな欅越しに見える尖った屋根に、すぐ下から入れ替わり人が覗いている。そういえば、小学生の頃登ったお城に今、自分の子供も登っているし、訪れる人々の他に、鴨や鯉、住人(鳥)と化した白鳥もいて、時間も生き物も使われ方も多様だ。
 今日は夏至。お堀の睡蓮の花が美しい。さまざまな顔を持つ松本城は、心の拠り所として静かに往時の姿を湛えている。

12 Urban Nature

 またこの季節だなぁ…女鳥羽川の蛍を楽しみながら友達と恒例の飲み会。街のど真ん中で季節の移り変わりを楽しめるとは、なんて贅沢な事だろう。先日の湿気の多い夜には、カジカ蛙の可愛い声が聞こえてきたっけ。水音を聴きながら広い空のもとで春はお花見、秋はお月見、冬には三九郎を楽しめる。それにこの川では、絶滅危惧種のアズミノヘラオモダカなど貴重な植物も見られるらしい。沢瀉は松本城の水野氏の家紋に描かれているから、もしかして殿さまも川を眺めたのかしら。今は階段で、水辺まで容易に近づける。そういえば子供の頃、水辺への上がり下りは法面に足場を見つけてクライミングみたいなこともしたっけ。街場に育った私にとって、すぐそばにある自然、女鳥羽川。

13 木漏れ日の教室 初夏のあがたの森公園

 あがたの森公園。地元では誰もが知る定番の公園だ。人知れず守り続ける人々の手により、いつ訪れても常に清々しさを保っている。月曜日の昼下がりは思いのほか静かだった。ヒマラヤスギやケヤキに囲まれた旧制松本高等学校の施設が遺るこの場所は、どこからともなく教鞭をとる教師の声や合唱の歌声が聞こえてきそうだ。東の入口付近に点在するベンチのひとつに座ってみた。そこは不思議な木漏れ日の教室だった。目を閉じて深呼吸をすると、何かわからなかったことが解決した気がした。さあ、このベンチに座ってみよう。きっと何かを教えてくれるから。

14 愛しい松本へ

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 鄒 希顔(スウ キガン)

 日本に来る前もうずっと松本城に憧れていて、実際に見たらその美しさに感動して涙が出た。恋しい人の生まれ育った町とは言え、山と青空に囲まれ、心まで浄化されたような気がして、どうしようもなく好きになった。将来のいつかここで暮らしたい、今の私の願い。

15 神林に生かされて

 わたしの暮らす松本市神林。わたしの大好きな早朝の神林を歩けば、ひまわり畑、コミュニティー広場、田畑、農道、川などがあり、そのすべてが愛しく、美しい。また早朝の農作業に励む人々や農道を散歩する人たちと「おはようございます」を交わすと、その日一日が瑞々しく、素晴らしくなる。わたしは故郷、神林のため精一杯尽くす。神林に生まれ、神林に果てるのだ。

16 神々の森林 ‐わたしの神林‐

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神々の森林 ‐わたしの神林‐の画像2神々の森林 ‐わたしの神林‐の画像3神々の森林 ‐わたしの神林‐の画像4
 宮田 透

 わたしが生まれ育ち、現在も暮らす松本市神林。わたしは特に早朝の神林が好きだ。わたしは毎朝、吟行と称し神林の野辺、空などを短歌に詠むのが日課である。夜明けに、先ずからすが啼く。そして日の出。神林の早朝の比類なき美。わたしは神林を、そこに暮らす人々をこの上なく愛でるのだ。

17 黄金色の稲穂と秋の空

 首を垂れた黄金色の稲穂 松本平から見渡せる雄大な北アルプス。ひと昔前、稲刈りといえば親戚一同で作業する秋の一大イベント。稲をはぜにに掛ける作業は本当に一苦労だったのに、今やコンバインで刈ってしまう。どことなく寂しいような切ないような これも時代の変化かな。

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