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更新日:2019年7月25日
信濃守護小笠原氏の居城で、おすすめの山城の林城跡(大城)にのぼって
みましょう。
教育文化センター
ここでトイレと駐車場を借りましょう。入口で職員に一声かけてください。
近くの針塚古墳公園も駐車できます。
林城跡(大城)に向けて出発!
駐車場から道路にでて南に向かいます(左折)。
道なりにまっすぐ進みます。林城跡(大城)登り口まで徒歩約10分。
開館時間 火曜日から土曜日:午前9時~午後10時。日曜日・祝日:午前9時~午後5時。月曜日は休館。
教育文化センターの隣に趣のある建物は、明治時代に建てられて昭和3年(1928)まで小学校として使用された旧山辺学校校舎です。瓦葺の屋根、白漆喰壁(しろしっくいかべ)、障子窓、腰壁の石積文様が特徴です。内部は山辺学校や山辺・里山辺地区の歴史や文化、民俗資料が展示されています。
旧山辺学校校舎の詳しい情報は松本のたからへ(別ページ)
聖徳太子が開いたと伝える寺院で、古代には天台・真言の別院が各12坊あったとされる大寺院でした。中世には信濃守護小笠原氏の祈願所となっていましたが、小笠原氏の拠点である林城落城にともない荒廃。のちに再興され、江戸時代を通じて歴代松本城主の祈願所となりました。
里山辺地区にある古代から続く由緒ある神社で、須々岐水神(薄川(すすきがわ)の神)が祀られ、地元の産土神(うぶすながみ)として大切にされてきました。5月5日の例大祭では、お船(舞台)がでる「お船祭り」が行われ、現存する9台のお船は長野県宝に指定されています。
須々岐水神社のお船の詳しい情報は松本のたからへ(別ページ)
針塚古墳は、直径約20メートル、高さ約2メートルの古墳時代中期の円墳です。
発掘調査で竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)が確認され、内行花文鏡(ないこうかもんきょう)をはじめ、鉄斧(てっぷ)や鉄鏃(てつぞく)などさまざまな副葬品が発見されました。市内唯一の積石塚古墳(つみいしづかこふん)として注目をあび、古墳は保存されて県の史跡に指定されました。現地には墳丘と石室が復元展示されています。
針塚古墳の詳しい情報は松本のたからへ(別ページ)
金華橋
薄川にかかる金華橋をわたります。金華橋の先の山が大城です。
・標高638メートル
大城の登り口
いよいよ、登城開始です。
地元有志の設置した杖を借りられます。最後は元の場所へ。
杖置き場のとなりには林古城会の皆さんが制作したパンフレットもあります。
※ないこともあります。悪しからず、ご了承ください。
九十九折からの眺め
急坂を何度も折り返しながら登って行きます。足元に注意。
途中、視界が開けたところがあります。大城の中で最も展望のよい場所です。
犬甘城跡や、目を凝らすと松本城天守も見えます。
堂平
江戸時代に慈眼寺(じげんじ)の観音堂があった場所。東屋で一息。
・標高715メートル
竪堀
尾根を挟んで両側の斜面に竪堀があります。
足元に注意して近くに寄ると、麓の方へ長く続いているのが見えます。
堀切B
現況で幅7メートル、石塁(せきるい)の上からの高低差6メートル。
石塁の上と下、景色を見比べてみましょう。
三日月状の平場群2
たくさんの平場が無数に作られています。
堀切C
堀切の幅は7メートル、深さ3メートル。
三日月状の平場群1
堀切Cをすぎると、景色が一転します。
平場の規模と背後の切岸(きりぎし)の高さや角度に注目してください。
堀切D
幅7.5メートル、深さ5メートル。
平場群1と城の主体部とをわける堀切。
ここまで堂平からほぼ真っ直ぐ進んできますが、戦国時代にはこのようなまっすぐな道はなく、堀切をよけ、平場をジグザグに進んだと考えられています。
土塁で囲まれた平場
正面の石段は明治時代に主郭(しゅかく)に建てられた古峯神社(ふるみねじんじゃ)の参道として造られたものです。本来主郭の石垣に使用されていた石材が転用されています。
副郭 主郭まであと少し
主郭に次ぐ規模の広い平場です。
周囲を土塁に囲まれ、その内側は幅30メートル、奥行き38メートル。
・標高835メートル
主郭。大城の中で最も大きい平場。
堀切を越えてようやく林城の中枢部である主郭へ。
内寸幅約23メートル、長さ60メートルのとても広い平場。
周囲を土塁に囲まれ、土塁には石積(いしづみ)がわずかに残ります。東側の土塁には虎口(こぐち)(曲輪(くるわ)の出入口)と戦国期に築かれた石積が見られます。
・標高844メートル
主郭から石組のある後郭におりて左に進むと「化粧井戸」の看板がみえます。石組みの井戸の上部に現在は土砂の崩落防止の囲いがされていますが、本来はありませんでした。
看板
井戸跡
堀切K
井戸跡を背にして立つと、前方下に落差のある切岸と3重の堀切が見えます。北の橋倉(はしくら)集落側からの敵の侵入をふせいでいます。
大嵩崎集落の様子
井戸跡から後郭にもどって尾根づたいに進み、堀切Gの横を通りぬけるそのまま大嵩崎集落へ下ることができます。大城と小城にはさまれた大嵩崎集落では、平成14年度の発掘調査で中世の陶磁器を伴う掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)が確認され、小笠原氏の館などからなる山麓の拠点の一部かと注目されています。