このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
松本市:ホームへ
  • 音声読み上げ・文字拡大
  • Multilingual
  • サイトマップ
サイト内検索
  • くらし・手続き
  • 健康・福祉
  • 子育て・教育
  • 施設案内
  • 松本の魅力
  • 市政情報
サイトメニューここまで

本文ここから

平瀬城跡

ページ番号:427-485-210

更新日:2018年9月28日

(読み方)ひらせじょう あと

  • 指定等区分 松本市特別史跡
  • 指定年月日 平成26年3月5日
  • 種別 遺跡
  • 所在地 松本市島内9627イ号ほか
  • 所有者 個人
  • 時代区分 戦国時代

安曇野を望む島内の要衝

平瀬城跡は、奈良井川と梓川とが合流する付近の、安曇野に面する尾根上に造られた山城の跡です。 島内下田地区の犀乗沢をはさんで、北側の尾根に本城、南側の尾根に南城が築かれ、これら一体で平瀬城とされています。松本地域の他の山城と比較すると、本城の主郭部分がずば抜けて広いこと、また、尾根続きに築かれている連続竪堀(たてぼり)が大規模かつ複雑であることが特徴として挙げられます。

敵二百四人討ち取りなされ候

平瀬城は多くの文献史料に名を残しているため、研究者の間で著名であり、他の山城に比べて広く研究されてきた経過があります。江戸時代に松本藩主水野氏が編纂した『信府統記』には、犬甘(いぬかい、犬養・犬飼とも書く)氏の一族である平瀬氏の居城であろうと書かれています。また、武田氏の史料である『高白斎記』には、天文20年(1551)10月に、武田氏が平瀬城を攻め、204人を討ち取り平瀬氏が滅亡したという記載があります。ただし、平瀬氏滅亡の場所は、平瀬氏の居館である川合鶴宮八幡神社地とする説もあります。

お問い合わせ

教育部 文化財課
〒390-0874 長野県松本市大手3丁目8番13号(大手事務所3階)
電話:0263-34-3292 FAX:0263-34-3290

この担当課にメールを送る

本文ここまで

サブナビゲーションここから

以下フッターです。