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歴民館第10室

ページ番号:239-515-674

更新日:2007年8月15日

山辺の歴史に関する資料が展示されています。

林城(はやしじょう)絵図

林城(はやしじょう)絵図

戦国時代山辺にあった代表的な山城(やまじろ)です。信濃の国の守護であった小笠原氏の子孫が築いた山城ですが、武田信玄が松本平に攻め込んだ時に亡ぼされました。林城の城跡は、この歴史民俗資料館の南へ600mの見晴らしのよい山頂にあり、今でも石積みや土塁(どるい)などが残っています。

陣笠(じんがさ)

陣笠(じんがさ)

戦場で下級の武士がかぶとのかわりにかぶったかさ。

行灯(あんどん)

行灯(あんどん)

江戸時代に使われていた行灯 (あんどん)です。人々はランプが発明されるまでは、明かりとしてこの行灯を使って生活していました。
 まわりに風を防ぐための紙をはり、中央の油皿に燃料を入れて火をともしました。

お駕籠(かご)

お駕籠(かご)

交通手段としては徒歩(とほ)が中心でしたが、時にはお金を払って「お駕籠」も嫁入り用・病人用などとして利用されていました。

地券(ちけん)

地券(ちけん)

明治政府が土地の所有者に、その土地の持ち主であることを証明して与えたものです。明治時代になると、政府は土地の所有者をはっきりさせて、その所有者に税金を納めさせたのです。江戸時代ま では米や特産物で納めていた税を、明治政府により、お金で納めることが義務づけられました。米や特産物では不作の年には税は減ってしまいますが、この改正によって政府は安定した税収入が得られるようになりました。江戸時代に比べ、税のとり方が大きく変わったのです。
 この地券の最後に「筑摩県(ちくまけん)」と書いてあります。明治4年から9年まではこの松本は筑摩県に属していて、松本城二の丸御殿跡に県庁が置かれていました。

お問い合わせ

教育文化センター
〒390-0221 長野県松本市里山辺2930番地1
電話:0263-32-7600 FAX:0263-32-7604

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