このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動

  • くらし
  • 健康・福祉
  • 子育て・教育
  • 施設案内
  • 松本の魅力
  • 市政情報
サイトメニューここまで


本文ここから

市長記者会見2013年12月17日[動画版・テキスト版]

更新日:2013年12月20日

市長記者会見の内容を動画でご覧ください。ファイルは259Kbps(Windows Media Player用) です。

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。市長記者会見 (Windows Media Player用)

平成25年12月17日 市長定例記者会見

再生時間 39分50秒  質疑応答 23分50秒から

【テキスト版】
【市長】
 お疲れ様です。それでは初めに私の方から若干申しあげます。
 年の瀬もあと2週間と迫って来ております。本日は今年最後の定例の記者会見になりますが、お礼を申しあげるにはまだ2週間ありますから早すぎますか。
 このところ冷え込みがすごく強くなってきていますから、皆さん方、日頃大変不規則な生活に追われていると思いますけれども、風邪などをひかないように健康管理には十分ご留意ください。

 市議会の12月定例会でございます。皆様方に報道していただいておりますけれども、特に政策上混乱をきたすような問題もなく、明後日が閉会で、無事終わるという状況にございます。
 一般質問、委員会等で、議会側からいろいろな問題がありますが、私共としても、再検討という表現はおかしいですけれども、しっかり検討をして詰めておかなくてはいけない、あるいはまた再確認の意味でも、やらなくてはいけないところは、私自身指示をしておきました。

 イオンモールの問題につきましては、この会見場で申しあげました。初日の提案説明、また一般質問でもご質問がありましたが、それに対しては担当部長の方からも答弁したとおりでございます。

 今日の庁議は、皆さんのお手元にお配りした(資料の)とおりの内容でございまして、特に申しあげることはございません。

 そこで今日は、過日報道していただいた新聞社もありますけれども、福島からの子どもたちの、いわゆる「まつもと子ども留学事業」に関して、行政としての協力ということで、これからお話したいと思います。

 福島の原発事故以降、約1000日経過しているわけですけれども、私はチェルノブイリの医療支援、実際に汚染地の村々を往診などしていたということで、実際に現地でこういう活動していた人間というのは、日本でも世界でも誰もいないわけですから、状況が分かったうえで、原発事故以降、かなり早い段階からさまざまことを一貫して申しあげております。

 例えば、事故が起こった当初から言えば、「この避難区域は狭すぎる。もっと(50キロまで)広げるべきだ」とか、「これからホットスポットが出てきますよ」とか、あるいは「内部被ばくの問題がこれから(出てきます)」ということを申しあげてきました。多くの方はこういうことを知らなかったわけですから、「菅谷さんが言うことによって、初めてホットスポットとか、内部被ばくというのがわかった」と言われている。これは私自身の経験があるから、それをもとに言わせてもらっているわけです。

 また、「早い段階で安定ヨウ素剤を飲ませた方がいいですよ」ということも、私は申しあげております。これは汚染の状況にかかわらず、被ばくという可能性があれば、子どもたちというか、若い年齢層を含めて、これを飲ませることはごく一般的なことなんです。けれども、残念ながら日本の場合には、基本的には政府の指示待ちの結果、これを飲ませなかったということがあるわけです。

 皆さんご承知のとおり、放射性ヨウ素がけっこう放射されたということが、今の段階で分かってきたわけですよね。そのとき、もう初期段階で処置しなくてはいけないのに、これは大きなミスだったなと思います。もちろん甲状腺がんがどういう状況かということは、皆さんご承知のとおり、実際出始めており、そのたびに増えていると。これは私は、「本当に被ばくの影響なのかは何とも言えない。福島の方は関係ないというけれども、これは関係ある、ないではなくて、原因はわからないというのがベターだろう」ということをずっと申しあげています。

 経過を追っていくうちに、いずれ結果は出るでしょうけれども、ただ具体的には甲状腺がんが出てきている、あるいは疑いも結構あるということであります。ですから今、日本では「安定ヨウ素剤を飲ませた方がよかったのではないか」という声が出ているわけですし、皆さんの新聞の中にはそう書いているところもあるわけですよね。

 こういうことは、今言っても遅いわけですよね。それから私は、「除染というのは過大評価してはいけませんよ」とずっと言っています。
 全国で行なっている講演とか、さまざまな取材とか、それから皆さん方の新聞の中でも取材を受けて言っていますし、拙い私の本の中でもはっきり書いているわけです。その中で「今の除染の問題は過大評価してはいけませんよ」と。それ相当のお金がつぎ込まれているわけで、とても東京電力では無理だと思うから、税金がこれから国民の負担になるのでしょうけれども。
 ですから、「高度に汚染された地域の除染は限界があるから、そういうところは本当に残念だけれども、帰還するには難しい」と。政府の方針というのは、すべてを除染して、そこに住んでいる人たちを帰還させたいということを言っていたでしょう。これは皆さんよくわかっている。ところがここにきて、政府が方針を転換しましたでしょう。高度の汚染のところは、除染してもとても難しいということで、帰還を断念したじゃないですか。こんなに大きく国の方針を変えていることに対して、皆さんあまり書いてくれないけれども、私は当初から「無理ですよ」とずっと言っていて、そのとおりに動いているではないですか。
 
 あるいは汚染されたがれきの問題にしたって、国は全然決められなかった。私は、「大変残念だけれども、高度に汚染された所一か所に集中させるような方向にもっていかないと、大変難しいですよ」と申しあげてきたところ、ここにきて国は、いよいよ高度の汚染地域の土地を国で買うと言い出したわけではないですか。

 これはみんな私が言ってきたことを、後追いをしているわけですよね。私自身経験したことを言わせてもらっていることが、みんな当たっているわけですよね。そういう意味でいきますと、私がもう一つ当初から言ってきたのは低線量被ばくの問題、特に「子どもあるいは妊産婦は、長期にわたる被ばくによって、特に内部被ばく、外部被ばくによって、今後健康被害が起こるから、命を守るためには国策として、集団的にどこかに子どもたちを移住させたらどうですか」とずっと申しあげてきました。
 まだこの問題は、国に耳を傾けてもらえない。しかし、被ばくは毎日起こっているわけです。こういう状況というのは「誰かが何とかしなくてはいけない」と私は思いました。まさに、私がチェルノブイリに飛び込んだ、あの時の気持ちと変わらないわけですよね。

 何かしなくてはいけない。ずっと考えておりましたが、国が動かない状況であるならば、たとえば私自身が、松本市という自治体として何かできないかということで、副市長以下、教育委員会、教育委員長さんともいろいろご相談して話を進めてきました。
 その一方で、今松本に移住されている福島の方々とか、現在福島で放射能から子どもたちを守るというグループの皆さんの中で、子どもを何とか移住できないかという考えがあるということで、私がこういうように言ってますから、彼らも私の方に来まして「松本市で何とかできませんでしょうか」と、本当に涙を流して依頼された経過もあります。そうなりますと、私としましても「これは何とかしなくてはいけない」と、ますますその思いが強くなります。

 現実に、今チェルノブイリの子どもたち、低濃度汚染地に住んでいる子どもたちに健康被害が出ているわけですよね。今年は事故後27年経っているわけですよ。その子どもたちは、10歳あるいは15歳未満と、まさに事故の後で生まれた子どもたちが、今低濃度の汚染地に住んでいて、免疫機能が落ちていて、上気道感染とか、あるいは非常に疲れやすいとか、気力がないとか、またベイビーに対しては低出生体重児が増えているとか、先天異常の状況があるということが、まだ27年経っても現実に起こっている。こういうことを考えると、福島では絶対こういうことを起こしてはいけないという思いが私としては非常に強く、こういうことを経験しているものですから「何とかしたい」ということがありまして、今回、そういう本当に向こうから子どもさんが来るということがあれば、松本市としては協力していく方向で動きたいという段取りで進めてきた訳でございます。

 実は先日、福島に今お住まいで、そして「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の世話人をされている方と対談をして、取材を受けたのですけれども、その方に「福島のお子さんたちはどのような状況ですか」ということをお聞きしましたら、先日新聞にもありましたように、福島のお子さんたちは被ばくではないですが、外に出ないために肥満傾向にあると言ってました。それから運動能力が非常に落ちていると言ってました。走ったり、飛び跳ねたり、投げたりする能力が落ちていて、特にこれは僕もびっくりしたのですけれども、小学校に入学する子どもたちが、つまずきやすい、転びやすい、それから片足で靴下をはくことが耐えられない。これは、まさに大人のロコモティブシンドロームですよね。運動器症候群ですよね、これは。家にずっといて、子どもたちは筋力が落ちてしまったのですね。こんなことは異常ですよね。
 また家にいることによって、彼らはゲームとかやっていて、外のいろいろなことに興味・関心が低下しているから、無感動・無気力になっている。こういう状況を耳にしていると、これは被ばくではないですけれども、間接的に被ばくを恐れて家庭の中にいる。こういう子どもたちが、将来どのどういうことになると思いますか。記者だったらわかるでしょう。
 精神面においても、体力面においても、これが現実に、健康な子どもたちが、将来、10年、20年後にいったいどうなるのでしょうか。そういうことを含めて、何とかしなくてはいけない。
 彼の話では、保育園の園児がですね、普通の場合は、園舎がコンクリートになっているから、この中にいるかぎり被ばくは非常に少ない。ところが、これが8月になると、個人の被ばく線量がボンと上がるんだそうです。
 先生が調べて、折れ線グラフを作った。ボンと上がる。なぜか。夏休みなんですよね。夏休みになると、子どもたちは、保育園でなくて、あちこち遊ぶわけですよね。ご承知のとおり、野や山に行くという。ああいう所は汚染されているわけですよね。今、皆さんご承知のとおり、除染と言ったら、ただ学校の近くとか、家の周りをやって、住宅街や野山とか、ああいう所はやっていないではないですか。ところが子どもたちは、夏になると遊びに行くわけですよ。明らかに、サイエンティフィックに、そういう「8月に上がるというのは、多分そういうことではないですか」と言うと、「確かにそうだね」と、こういう事実があるわけです。

 だから益々、早い段階に何とかしなくてはならないんじゃないかということで、松本市としてやることは、集団の移住の場合には、一つは「教育の問題」ですよね。小学生・中学生の教育環境をどうするかということ。もう一つが「生活面」、特に住居の問題をどうするかということ。こういう問題に対して、副市長以下、庁内で検討・協議する組織を作り、これまで検討してまいりまして、その中で候補地として、今お願いしているのが四賀地域でございます。
 僕が一番思うのは、今回の場合は、地域の皆さんのご協力なくしてはできないことであります。そういう意味で、ご検討いただいたところ、地域の皆さん、現段階ではそれぞれの町会の皆さんとか、あるいは社協のような団体とか、それに類するさまざまな皆さんにお話をして、もちろん学校もそうですけれども、今のところご協力いただけるような方向になっています。いよいよ「子どもの留学」という表現になっておりますけれども、スタートする形で、福島の方々もNPOを立ち上げたものですから、来年の4月を目指していきたいということになっております。

 これは、日本ではどこもやっておりません。初めての試みなんです。こういう試みによって、私は「松本モデル」というものを作りまして、これが全国に広がってほしいなと思っています。まさに国難であります。日本の子どもたちを、特に福島関連の子どもたちを皆で命を守ってあげるということは、国民の義務であり、大人の義務なんですよね。
 そう思っていても、具体的にどうしたらいいかわからなかったけれども、今回松本が一つのモデルとして成功事例としていけば、私は全国の本当に心ある皆さんがぜひとも福島の子どもたちを守ろうという動きになって、いろんな地域への留学が進めばいいなと思っております。

 原発の事故によって光と影があるのですけれども、影は明らかに原発事故でいろんな問題がありますが、光というのは、今みたいな、今度は福島の子どもたちと各地域の子どもたちとの交流が始まるのですよね。
 それがお互いに支えあうということで、私はチェルノブイリに行ったときに、向こうの子どもたちを、彼らがダンス(民族舞踊)ができるものですから、日本全国へ私は連れて回ったんですよね、そして、日本の子どもたちとチェルノブイリの子どもたちの交流をさせたわけです。その時には日本の子どもたちは、ある意味では友情という立場でチェルノブイリの子どもたちを支えようとしてくれたのです。今はどうでしょう。今は同じ立場になっているのです。日本の今は、福島の子どもたちとチェルノブイリの子どもたちは、ピアカウンセリングになってしまうのですね。
 日本が汚染されてしまった。そこに住んでいる子どもたち、こういう問題を含めて、私はお互いに日本の国内でいいから、深い交流をすることによって、今度は受け入れる子どもたちも「福島の皆は大変なんだね」という思いになれるのは、とても大事だと思うし、お互いにいい経験になる。現段階では、各地域の子どもたちは福島に行けないけれども、いつか福島の街が除染されてきれいになったときは、福島を訪れる。それは大人になるかもしれない。しかし、そういうものも私は日本全体として作っていかなくてはいけないと、21世紀を担う子どもたちに対して、国は大きな施策を持つべきだと思っています。

 今回こういう形で、まさに子どもだけが留学するという、昔でいえば戦争中の集団疎開という形になるわけです。
 ちょっと余談ですけれども、今年、ソフトバンクの会長である王氏に、「この話を僕は進めていますけれども、なかなか福島のお父さん、お母さんたちが子どもと離れて暮らすのはつらいということで、難しいんですよね」と雑談しましたときに、王氏は「これはとても大事なことで、むしろこれは子どもたちを自立させるためには、とてもいいきっかけではないですか」ということを言われました。王氏は私より2つ3つ年上ですけれども、「僕ら昔、戦争で疎開したではないですか。まさに国難の状況であって、子どもたちを守るためにも、こういうことは大変いいことではないですか」とお話しされました。
 王氏は「子どもを自立させるためにも、とてもいい」と。ある意味で王氏が言いたかったのは「日本では子どもに対して過保護な状況である」ということで、「子どもを自立させるという意味だったら、こういうことも決して悪くはない」と言われたと思います。

 いずれにしましても、こういう状況であるものですから、いよいよ福島からのお子さんたちを受け入れる形で、一番は地域の皆さんにぜひともご協力をお願いし、松本市民のの皆さんにもぜひとも分かっていただいて、「松本モデル」に協力していただければ大変ありがたいというのが、私の思いでございます。

23分50秒

【記者】
 「松本モデル」として事業を成功させる上で、何が一番ポイントとお考えでしょうか。

【市長】
 「成功させるために」というか、私が言ってるのは「被ばくから子どもの命を守る」という問題ですよね。
 これは長期にわたったときに、どういうことが起こるかということは、チェルノブイリで今起こっているわけですから。
 それぞれ皆さんお考えがありますから、こちらから強引にではなくて、向こうからそういう気持ちがあれば、それを僕らがお受けするということであって、我々が積極的に「いらっしゃい」と言うのではなくて、まさに向こうの皆さんが、本当に子どもは、やっぱりその「だけは」という気持ちがあれば、僕らは安心して来ていただけるような、そういう体制を整えるということだと思うんですよ。お母さん、お父さんたちが、安心して子どもを預けられるという、そういう体制をきちんとしていきたいと思います。

【記者】
 まず松本でやって、ここからモデルとして全国に広がっていくのが理想だと思いますが、松本市でやっていく上での中長期的、将来的にどういう形が理想だとお考えですか。

【市長】
 これはですね、あとはもう全くわかりません、どうなるか。ほんのわずかで終わるかもしれません。
 ただ今後、やはり松本のモデルとして、子どもたちが本当に安心して、そして伸び伸びと安心して生きていける、あるいは食べる物も心配ないし、外に出て被爆の心配もないとか、学校も楽しいとか、そういうものが、もしだんだん広がっていったときに、報道の皆さんにお願いするしかないのですけれど、あるいは視察に来るかもしれません。そうなると、松本では限界あるはずです。多くのお子さんを受け入れできない。だからそういう意味で言ったら、どんどん他の地域でも広めていっていただければいいと思うし、他の地域の皆さんも、例えば松本の状況がうまくいっていれば、どういうふうにしてるかって視察に来ると思いますから、そういう情報をどんどん出して、全国でやっていただければ大変ありがたいなと思ってます。

【記者】
 一部の報道にもありましたけれども、今の福島の子どもたちの受け入れという件で、これは松本市のNPO法人が進めてる事業に市が協力している形なのですか。それとも、市が完全に主導してやってる形なのでしょうか。

【市長】
 これは、大変難しい問題なのですけれども、我々が他の行政に行ってどうこうってこと言えませんから。「国策としてやるべきだ」と僕は前から言ってるわけですから。国策でやってくれないから、松本市として、そういう状況が起こったときには、受け入れ体制をちゃんとやろう、ということでやってきました。その時に、ちょうどうまく向こうの方々がNPOを立ち上げてくれたものですから。
 今、そこでもって、話合いをして「僕ら受け入れますよ」ということですから、どちらが主体かと言ったら「彼らが集めてくれた」ということでいいですよ。全然構いません。ただ僕の方が先に、そういうことをやろうと言っていたわけですからね。

【記者】
 四賀地域に決まったと市長が言われたのは、今日初めて言われることですか。それとも、もともと決まってた話なんですかね。

【市長】
 松本市で今、内部で、庁内で検討の組織を作ってまして、学校とか、住環境含めて、水面下で、いろいろ当っていたということですよね。

【記者】
 それは、まだ検討しているということでしょうか。

【市長】
 それで、四賀地域が一番の候補地である、ということですよね。

【記者】
 受け入れるにしても、多分定員とかの問題が出てくると思うんですが、人数面ではどれくらいを予定されているのでしょうか。

【市長】
 NPOの皆さんが、今、説明会をしてますから。まだ、ものすごくたくさんあるということで、全くわかりません。これは、僕がやることじゃない。私は、あくまでも受け入れる側としてやってますから。だからNPOの皆さんが今、人数はどのくらいかということを調べているという段階ですね。

【記者】
 NPOの方たちと協力して、その人数に臨機応変に対応していくとういことでしょうか。

【市長】
 そうですね。先ほどの質問と同じですけれども、松本で増えてきた場合は、とても無理ですから。だから全国に広がって、他の所でもやってほしいということを言ってるわけですよね。

【記者】
 市からの補助金とか、助成金みたいな、金銭的な問題も出てくるのではないですか。

【市長】
 できるだけ市に迷惑かけないような形になりますよね。さきほど言いましたように、教育環境と住環境がある程度の場所があれば、実費等は福島の皆さんが移住してきて、皆さんに払ってもらうことになりますからね。
 そういう住環境を整えるという意味では、これは我々がやらなければいけないと思っています。場合によっては、個人の、たとえば今空いてる家がありますよね。そういう所をもし使えるのであれば、それはNPOに借りてもらって、そこでちゃんと支払いして、そこでもって子どもたちが住んでいく、というような形もあるのではないですかね。

【記者】
 先ほどから市長さんがおっしゃっている「僕らが受け入れる」とは、具体的にはどういうことをなさるんですか。市がすることは、具体的にはどういうことなのでしょうか。

【市長】
 先ほどから申しあげているように、教育環境と住環境を整えるということです。

【記者】
 それはどういうことなんですか?つまり教育環境を整えるというのは、この学校で受け入れます、ということですか。

【市長】 
 そういうことですね。

【記者】
 住環境というと。

【市長】
 住まいを一緒になって見つけてあげる、ということですね。NPOの人たちは、基本的には松本市のことをあまりよく知らないわけですから。市の、庁内でそういう会を設けてますから、そこが窓口になって、一緒になって今お手伝いしてるということですね。

【記者】
 住環境はすでに固まっているんですか?

【市長】
 まだ固まっていません。いろいろ候補地がありますね。それは、また利用する方々に見ていただいて、ここだったらいいな、とかね。集団生活するわけですものね。

【記者】
 庁内で検討のチームを作られたのは、いつごろで、どんな方々が加わってるのか伺いたいんですが。

【秘書課長】
 副市長以下、関係各課です。

【市長】
 今、秘書課長が言ったように副市長以下ですね。これに関係するような課、たとえば教育部とか、こども部とか、それから住宅課、建設課、政策課とか入ってもらってやっております。

【記者】
 いつ頃からですか。いつ発足したんですか。

【市長】
 夏ですから、7月くらいから行なっています。
 その前に僕自身が教育部とか、教育委員長さんとか、副市長とも相談しながら話を進めてきて、NPOのグループが、その時まだNPOじゃないですけれども、その方々がこちらに出て来てますから。
 本当に「何とか子どもたちを」という相談を受けたものですから、少し具体的に、一番の問題は教育環境という問題がありまして。当初、子どもたちを受け入れるために学校は空いてても先生を雇用しなければいけないとなると、お金かかるわけじゃないですかね。ですから、それをどうするかというときに、教育委員長さんにアイデアを出していただいたのが、今お子さんが少なくなってくると、30人学級と言っても、例えば25人とか、あるいは20人の学級があって、そういう所にまだキャパシティがありますから。先生は、30人学級ですから、あと5人とか10人入れられるわけですよね。そうすると、先生たちのことはほとんど心配ないわけですね。あとそこに3人とか、5人とか言ったら、3年生から中学生まで空いてるところに入ってもらうという。松本市内なら、他にもそういう場所があるわけですし、全国いろいろな所でお子さんが少なくなっていれば、学校が空いてる所がありますよね。そういうような所、そういう方法が、松本が考え出したことなんですよね。
 だから今まで、たぶん他の日本の全国そういう方々いらっしゃって、何とか受け入れたいって言うけれども、やっぱり次どうしたらいいかって、その考えが、アイデアがなかなか浮かばなかったものですから、これがもしうまくいけば、他の日本の地域でもやってもらえればありがたないな、というように思ってます。

【記者】
 そうすると四賀地区で受け入れられなくなった場合は、たとえば他の空いてる学校で受け入れという流れになるんですかね?

【市長】
 そういうようにしてほしいわけです。だから、いろんな所に行っても、本当に国難ですから、やっぱり皆で受けてあげなければいけないんだと僕は思ってますからね。
 おっしゃるとおり、松本だけで限界ありますから、今度他の地域にもお願いしたりとか、他の地域でも「そういうやり方があるか」となれば、「松本モデル」が展開してもらえばいいということです。僕自身、いつも思うのは、「松本がよければいい」というのではなくて、誰かがやらなければいけないから。
 例えば、そうですね。当初学校給食の食品のチェックするとか、子どもの保養でキャンプするというのは、「松本がやりますよ」って提案したのが、ずっと全国に広まったわけですよね。そう思っても、どうしたらいいかわからないけど、僕の場合はチェルノブイリでの経験があるから、みんな向こうでやっていることをやっているだけですからね。
 特に学校の集団避難というのは、ご承知のとおり、あの国はもともと旧ソ連邦の体制続いてましたから。何でも全て国ですから、国が命令して、学校全部ここでもって、まさに今日言って、もうここ駄目だよと言うと、学校が閉鎖しちゃって、全員どっか行っちゃうんですね。行かされちゃうんです。それは我々はできませんから、向こうからそういう声があれば、ということですよね。

【記者】
 イオンモールの関係ですが、議会答弁で言い尽くされていると思うのですけれども、岡崎社長の方から「観光モールという今までにないものにチャレンジしているので、計画の概要を示すのに時間がかかっている。説明責任が十分でなかったかもしれない」という言葉があったということですが、その言葉だけをとらえると、通常だと多分着工のタイミングで計画が発表されると思うのですけれども、岡崎社長の真意としては、それよりも前に菅谷市長なり、あるいは地元に対して計画の中身を示すというような意思は、市長はお感じになられましたでしょうか。

【市長】
 特別感じませんでしたが、今のご質問に対しては、報道があまりにも「巨大モールを作る」というようなことを流しているから、その結果として、商工会議所を含めて商業者が心配しているとか、市民が心配しているとか、そういう情報は当然あちらに入っているわけですからね。とすると「それは違うよ」ということを社長は言わなければいけない。払拭しなきゃいけない。だから「巨大モールは作りませんよ」と言ったのは、そこにあるんですよね。あとの観光型モールに関しては、結局まだ具体的案が検討中なんじゃないですかね。

【記者】 
 そうすると、まだ計画発表の時期は、市長としても見えないところでしょうか。

【市長】
 まだわからないです、僕もね。トップ同士の会談があったわけですから、今後はやっぱり水面下というか、担当者同士で話を進めてもらいたいと思っています。

【記者】
 また必要があれば、トップ同士の会談ということもあり得るのでしょうか。

【市長】 
 昨日、私ちょっと別の会で言われたのですけれど、これ本当は、ご承知のとおり「民」と「民」の問題なんですよね。だから「市長本当に大変だね」って私言われました、はっきり。
 これは商工会議所とか、そういう方々が本当は話すべき問題であって、「市長まで出ているというのは大変なことだね」って言われたんです。
 本当はこの問題は、「民」と「民」の問題ですよね。あまり「官」が関与して云々言うことは、本来の筋からいくと違うんですよね。だから、私自信がトップ会談と言いますが、これはもう僕は立場上ですけれども、信頼関係でやっていくということが私の基本的考えですから、また必要があれば、そういう場を設けるかもしれませんね。

【広報国際課課長】
 よろしいでしょうか。はい。それでは以上で市長定例記者会見を終了させていただきます。ありがとうございました。

【市長】
 ありがとうございます。

※この内容については、重複した言葉遣いや、明らかな言い直しがあったものなどを整理したうえで作成しています。

お問い合わせ

政策部 広報課
〒390-8620 長野県松本市丸の内3番7号
電話:0263-34-3271 FAX:0263-34-3201

この担当課にメールを送る(新規ウィンドウが開きます)

本文ここまで

サブナビゲーションここから

情報が見つからないときは

サブナビゲーションここまで

以下フッターです。

松本市役所

〒390-8620 長野県松本市丸の内3番7号 電話:0263-34-3000(代表)
Copyright © Matsumoto City. All rights reserved.
フッターここまでこのページのトップに戻る