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第23回松本市平和祈念式典

ページ番号:500-012-183

更新日:2018年8月17日

 終戦記念日の8月15日、あがたの森公園で、「第23回松本市平和祈念式典」を挙行しました。
 800名余の市民の皆さまにご出席いただき、平和祈念碑に献呈された折鶴を前に、平和への誓いを新たにしました。
 また、同会場内において、核兵器の一日も早い廃絶を願い、広島原爆資料館からお借りした写真パネルを展示し、当時の惨劇を真剣な表情で見入っていました。

式次第

  1. 開会
  2. 式辞   松本市長 菅谷 昭
  3. あいさつ 松本市議会議長 上條 俊道 様
  4. 来賓紹介
  5. 折鶴献呈
  6. 黙とう
  7. 平和都市宣言 朗読
  8. 広島平和記念式典参加中学生の感想発表
  9. 平和へのメッセージ
  10. 平和合唱
  11. 閉会

市長式辞

 幾多の尊い犠牲を重ね、数限りない深き悲しみの中で迎えたあの暑い夏から、73回目の夏が巡ってまいりました。
 
 本日ここに、多くの市民の皆さまのご参列、並びに、ご来賓各位のご臨席のもと、第23回松本市平和祈念式典を挙行するにあたり、あの苛烈を極めた戦いの中で、ひたすら祖国を思い、最愛の家族を案じつつ戦場に赴き、遠い異郷の地で亡くなられた多くの方々、さらに空襲による戦火の中で、また、原子爆弾による核の炎の中で、お亡くなりになられた多くの方々の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。

 戦後、我が国は、祖国を愛する、あまたの先人の皆さまのたゆまぬご努力により、悲惨な廃墟の中から、そして深き悲嘆と絶望の淵から、産業・経済の飛躍的な進展など、めざましい発展を遂げるとともに、国際社会においても、平和を希求する国家として、世界恒久平和の実現を訴え続けて参りました。

 一方、世界に目を向ければ、繰り返されるテロの脅威、継続される核兵器の開発など、今なお恒久平和への道のりは依然として遠いものがあるのが現状でございます。

 このような中、明るい兆しとして、史上初の米朝首脳会談が、本年6月に開催されました。この会談が、北朝鮮と国際社会との新たな対話と協調のスタートとなり、朝鮮半島の非核化を始めとした諸課題の解決に向けて、少しでも前進することを、願っているところでございます。
 
 世界で唯一の被爆国であり、加えて東京電力福島第一原子力発電所の大規模災害により、さまざまな形で国民の生活が脅かされ、今もなお、多くの皆さまが混迷と不安と失意の中での生活を余儀なくされている我が国こそが、核兵器禁止条約に参加する事、また、戦争の無い平和な社会の実現について、世界各国に向け訴えていくとともに、一人でも多くの方々に、今まさにおこっている事実を伝え続け、恒久平和を訴え続けていくことが、わが国、そして私たちに課せられた使命であると確信するところであります。
 
 さて、松本市は、長い歴史の中で、戦後の苦難を乗り越え、北アルプスの山並みと松本城の風姿に象徴される美しいまちとして、着実に発展を遂げてまいりました。これも偏に、苦節、幾星霜を歩まれ、故郷松本を愛するあまたの先人の皆さまのご努力の賜物であり、ここに改めて深甚なる敬意を表する次第でございます。

 私たち松本市民は、平和を希求する市民の、崇高な意思を世界に向けて発信するため、昭和61年9月25日に平和都市宣言を行いました。一昨年には、30周年を迎え、これまで行ってきた本式典や平和の集いなどの平和推進事業に加え、戦争を語り継ぎ、平和を創る次代を担う若い世代の育成のため、親子でご参加いただく親子平和教室の開催や、大学生など若者が参加し平和について学び、発信する「松本ユース平和ネットワーク」を立上げ、長崎市の大学生との交流や、学生自らの出前講座、平和に関するワークショップの開催にも取組んでまいりました。

 これまでの取組みを次代につなげ、平和を創る松本を実現するため、戦後73年が経過し、戦争を体験した世代の高齢化が一層進み、戦争の記憶が急速に失われつつある中、「戦争の悲惨さ」や「幾多の尊い犠牲が存在したこと」を次の世代に引き継ぐとともに、子どもや若者から高齢者までの幅広い世代が、「平和の大切さ」を考え、平和の連鎖を広げる取組みを進めてまいります。
 
 本日、ご参列いただいた皆さまにおかれましても、一人ひとりが平和について永続的に関心を持ち、生命の尊さを知り、人を思いやることを、家庭で、学校で、職場で、そして地域で、実践していただくことを切にお願いするものでございます。

 そのような命を大切にする、人を思いやる身近な取組みが、やがては、民族・宗教・政治の枠を超えた、真の世界恒久平和の実現に必ずや結び付くものと考えております。

 本日の式典には、8月6日に開催された広島平和記念式典へ参加し、被爆者の体験談などを通じ、戦争の恐ろしさ、愚かさ、空しさ、そして、平和の尊さを、自らの五感をもって実感していただいた市内中学生の代表の皆さんや、次代を担う多くの若者たちが参加されていることは、何にも増して、誠に心強く思う次第でございます。

 本日は、まさに平和の願いを伝えるかのように、その枝葉を大きく広げている、被爆樹木と、故洞澤今朝夫先生製作による平和祈念碑に折鶴が献呈されますが、その折鶴は、小中学生の皆さんをはじめ、ご遺族の方々まで、年代を超え、多くの市民の皆さまが、平和への想いを込め、一羽一羽、丹念に折られたものであります。

 私たち松本市民は、折鶴と平和祈念碑を前に、今後とも平和を希求し、その実現のため、地道ではあっても、たゆまぬ努力をしていくことを、ここに改めて誓います。

 結びに、本式典の運営にあたられました実行委員会の皆さんに心から感謝を申しあげ、式辞といたします。

                          平成30年8月15日 松本市長 菅谷 昭

平和へのメッセージ

 先日訪れた広島は、人や物で賑わい、とても暑く、青い空が広がっていました。73年前の1945年8月6日午前8時15分に、たったひとつの原子爆弾が落とされ、一瞬にして焦土と化してしまったとは思うことができないほどでした。

 「どんなに貧しくても、どんなに辛くても、人様に後ろ指を指されるようなことはしてほしくない。一人でも真面目に生きなさい」という死に際の母の言葉に支えられ、今まで生きてくることができたと、当時小学3年生であった被爆者の方は話してくださいました。

 いつもと変わらぬ朝、友だちと遊んでいたその方は、ちょうど物陰に入った瞬間に原子爆弾が落とされたそうです。自分はけがだけで済んだのに、友だちは熱線によって服が焼け焦げ、全身をやけどしていたこと。すぐさま友だちを連れ帰った家は、爆風によりあちこちが壊れていたこと。そして母は放射能の影響により、白血病になり一週間後に亡くなったこと。避難している時にすれ違う人たちはほぼ裸に近い状態で、指や腕の皮膚が焼けて垂れ下がり、肉が見え、黄色の目玉が飛び出していたこと。そんな当時の様子は想像するだけであまりにもむごく、悲惨すぎてそれ以上は聞きたくない。そんな感情になるようなものばかりでした。

 昨日までと変わらない一日を迎えるはずが、たったひとつの原子爆弾によって一瞬にして日常を壊されてしまいました。本当に恐ろしいことだと、思いました。そして、今もなお、その後遺症によって苦しんでいる人たちがたくさんいます。この惨劇を繰り返さないためにも私たちに何ができるのでしょうか。

 まずは、身近なひとに優しく、あたたかな気持ちをもって接していくこと。そして、これからも唯一の被爆国の国民として原爆の恐ろしさや悲惨さを忘れることなく、平和の尊さを訴え、深く考えていくこと。小さな力かもしれませんが、私たちにもできることがたくさんあります。

 私たちは無力ではありません。私たちは無力ではないのです。

 今日、私たちは、平和への新たな一歩を踏み出します。平和な社会を実現していくために、次の3つを実践していくことをここに誓います。

○人の気持ちをよく考え、行動します。

○命の重さを知り、命あるものを大切にします。

○互いの違いを認め合う柔軟な心を持ち、多くの人々と交流を深めていきます。

平成30年(2018年)8月15日
                     広島平和記念式典参加代表者
                     松本市立梓川中学校2年
                     柴田 悠希
                     宮下 空

お問い合わせ

総務部 行政管理課・平和推進課
〒390-8620 長野県松本市丸の内3番7号(本庁舎2階)
電話:0263-33-4770 FAX:0263-33-1877

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