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発掘された松本~松本市遺跡発掘報告会~

ページ番号:509-483-371

更新日:2017年4月1日

文化財課では、毎年「発掘された松本」と題して、その年に松本市内で行った遺跡発掘調査の報告会を開催しています。ここでは、2006年から2016年までに開催した報告会の概要をご紹介します。

発掘された松本2016

平成12年度にスタートし、「発掘された松本」シリーズとして17回目を迎えた「発掘された松本2016」は、平成29年2月18日(土曜日)にМウイング6階ホールで開催され、254名の皆さんにご参加いただきました。

「発掘された松本2016」当日配布資料1 表紙から14ページまで

「発掘された松本2016」当日配布資料2 15ページから22ページまで

「発掘された松本2016」当日配布資料3 23ページから30ページまで

松本市里山辺林町会「歴史の里」散策マップ

岡田田中遺跡で発見された青磁の碗、盤の写真
岡田田中遺跡で発見された青磁の碗、盤

【事例報告1】岡田田中遺跡(松本市大字岡田下岡田)
 縄文時代から中世までの遺物が出土しました。中世の遺物が多く見られたことから、調査地付近には中世の遺構があった可能性があります。また、輸入品である青磁片、白磁片が多数出土し、中には陽刻双魚文(ようこくそうぎょもん)が施された青磁盤(威信財)も見つかったことから、調査地付近には有力者がいた可能性があると考えられます。

松本城三の丸跡土居尻で発見された石列の写真
松本城三の丸土居尻で発見された石列

【事例報告2】松本城三の丸跡土居尻(松本市大手)
 三の丸跡には中級上級武士の屋敷がありました。これまでの調査では、高級陶器や輸入磁器、刀装具などが出土しています。第9次調査では絵図に描かれている水路と考えられる東西につづく石列が出土しました。

横田遺跡で発掘された洪水による地面の流失と堆積の写真
横田遺跡で発掘された洪水による地面の流失と堆積

【事例報告3】横田遺跡(松本市横田)
 住居址等は確認されていません。周辺に集落が存在する可能性が高いといえます。洪水の跡がみられるため、災害の多かった場所だと考えられます。

松本城下町跡本町の18世紀後半から19世紀初頭の建物基礎の写真
松本城下町跡本町の18世紀後半から19世紀初頭の建物基礎

【事例報告4】松本城下町跡本町(松本市中央)
 戦国時代末から江戸時代の造成工事の跡が発見されました。また、屋敷割の変遷から城下町が成立し、その後発展していった様子がわかります。城下町成立期の地層からは杭列を伴う謎の溝を発見しました。その他、水道施設跡も発見されました。隣地境界跡からは町人屋敷数件分を調査することができました。高級食材や焼塩壺、茶器なども発見され、絵図に描かれている御使者宿の推定位置である可能性が高いと思われます。

殿村遺跡の平成28年調査地全景の写真
殿村遺跡の平成28年調査地全景

【事例報告5】殿村遺跡と虚蔵山城跡の発掘調査
 殿村遺跡には、300メートル四方に及ぶ範囲に宗教施設とみられる平場跡が広がっていたと考えられます。平場の縁などに築かれた石垣は15世紀のもので、武家の館や城にはまだほとんど見られなかった時代のものです。平場跡からは、礎石建物とともにかわらけや輸入品を含む茶道具が多数見つかったことから、有力な寺院が存在していた可能性があります。あわせて調査を実施した虚空蔵山城の平場跡群も、古段階の地面から礎石建物やかわらけ、中国産の青磁・白磁、瀬戸産の天目茶碗や茶壺など、殿村遺跡と変わらない高級品や茶道具が見つかり、お寺があったとみられます。その後、空堀や土塁で防御された新段階には、山城の中心的な施設になっていったようです。

井川城址全景の写真
井川城址全景

林城址全景の写真
林城址全景

【特別報告】小笠原氏城跡の史跡指定と歴史文化基本構想
 平成29年2月9日に小笠原氏城跡(林大城・井川城址)が史跡指定されました。その報告とともに「地域発 元気づくり支援金」を活用し、遊歩道の整備や文化財散策マップの製作を行っている、林古城会の活動を紹介しました。林古城会のように、地域の特徴を示す文化財を、指定・未指定に関わらず広く把握し、これらの文化財を群として捉え直し、住民を主体としたまちづくりに活かしていくことを目指します。

発掘された松本2015

平成12年度にスタートし、「発掘された松本」シリーズとして16回目を迎えた「発掘された松本2015」は、平成28年2月6日(土曜日)に松本市時計博物館4階 本町ホールで開催され、247名の皆さんにご参加いただきました。

「発掘された松本2015」の当日配布資料のダウンロードはこちら

高畑遺跡で発見されたカマド検出状況の写真
高畑遺跡で発見されたカマド検出状況

【事例報告1】高畑遺跡(松本市村井町南)

 平成26年5月から調査を実施しています。奈良・平安・鎌倉時代の竪穴住居跡が165軒発見されたことから、途切れることなく集落が存在していたことが判明しました。写真は平安時代の竪穴住居のカマド跡です。カマドを構築している石が良好な状態で残存し、石や土は被熱により、赤く焼けています。

松本城下町跡本町で発見された水道管(竹管)跡の写真
松本城下町跡本町で発見された水道管(竹管)跡

【事例報告2】松本城下町跡本町(松本市中央)
 平成27年8月から調査を行いました。調査は平成28年7月まで継続して行う予定です。城下町では、火災や水害などの被害を受けるたびに整地し、結果として土地がかさ上げされました。戦国時代から近代までに320センチの盛土が行われてきたことがわかっています。今回の調査地は、古絵図を見ると今井家の屋敷兼御使者宿(おししゃやど)があった場所です。御使者宿とは、城への客人を接待し、宿泊させる藩の施設です。通常町人地では見ることができないような茶道具や高級食材などの遺物が出土しました。写真は御使者宿の推定場所で見つかった水道管(竹管)です。

三の丸で発見された火災で廃棄された大量の陶磁器の写真
三の丸で発見された火災で廃棄された大量の陶磁器

【事例報告3】松本城三の丸跡土居尻(松本市城西)
 平成27年4月から10月まで調査を行いました。西半部には、三の丸を囲っていた土塁の基礎となる土層が残っていました。東半部には、第1検出面では火災で焼失した武家屋敷を確認し、第2検出面では東端部に建物跡(掘立柱建物)が確認されました。写真は第1検出面(18世紀末~19世紀初頭)で発見された、火災で廃棄された大量の陶磁器です。

特別報告の風景の写真
特別報告の風景

【特別報告】小笠原氏城館群の調査-井川城から林城へ-
 「小笠原氏城館群」とは松本城へつながる室町時代から戦国時代の地域の領主小笠原氏の本拠の変遷を物語る城館跡群のことです。小笠原氏の室町時代の居館「井川城跡」と戦国時代の本拠「林城跡」について松本城と並ぶ貴重な城郭遺産として保存・活用を図るため、平成25年から3年間にわたって学術調査を実施してきました。古文書等からしかみえなかった歴史や動きが考古学の見地から解明されました。

247名の皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2014

 15回目となる「発掘された松本2014」は、平成27年2月7日(土曜日)に開催され、130名を超える皆さんにお越しいただきました。

「発掘された松本2014」の当日配布資料のダウンロードはこちら

三間沢川左岸(みまざわがわさがん)で発見された土師器(はじき)の写真
三間沢川左岸(みまざわがわさがん)で発見された土師器(はじき)

【事例報告1(1)】三間沢川左岸(みまざわがわさがん)遺跡(松本市和田)
 三間沢川左岸遺跡はこれまでに7度の発掘調査が行われています。平安時代前期(9世紀中頃)に成立したかなり有力な大集落でした。集落に井戸はなく、自然流路や溝などによる導水に頼っていました。昨年度からの調査により、大規模な水路は後に使用されなくなり、小規模な水路が生活の中心になったということがわかりました。写真は水路の底から伏せられた状態で見つかった土師器(はじき)の食器です。

和田太子堂で発見された竪穴住居跡の写真
和田太子堂で発見された竪穴住居跡

【事例報告1(2)】和田太子堂(わだたいしどう)遺跡(松本市和田)
 9世紀後半の竪穴式住居跡などがみつかり、三間沢川左岸遺跡とほぼ同時期の集落があったとわかりました。写真は多量の土器が出土した竪穴住居跡です。

エリ穴遺跡報告風景の写真
エリ穴遺跡報告風景

【事例報告2】エリ穴遺跡-縄文時代のまつりの場-(松本市内田)
 エリ穴遺跡は平成7年度に発掘調査を行いました。配石や祭祀に関連する遺物・耳飾が集中する廃棄場(まつりの場)がありました。縄文時代中期から晩期(約5000年前~約2500年前)にあった集落です。整理作業は平成29年度まで続き、報告書も発行される予定です。

松本城三の丸跡土井尻で発見された漆椀と下駄の写真
松本城三の丸跡土井尻で発見された漆椀と下駄

【事例報告3】松本城三の丸跡土井尻(松本市大手)
 調査地の西半部から総掘の一部が確認され、その内側に沿って杭列が出土しました。また、調査地の東半部からは家臣の武家屋敷内の遺構が多数発見されました。写真はごみ穴から出土した漆椀と下駄です。

井川城跡の写真
井川城跡

【事例報告4】井川城跡(松本市井川城)
 信濃守護小笠原貞宗(1292-1347)が伊那郡松尾(現在の飯田市)から居館を移した「井河の城(館)」と推定される遺跡です。遺跡の保存について検討するため昨年から引き続き2年間発掘調査を実施しました。

発掘された松本2014会場風景の写真
発掘された松本2014会場風景

130名を超える皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2013

「発掘された松本2013」は大雪のため延期となり、平成26年4月12日(土曜日)に開催されました。

「発掘された松本2013」の当日配布資料のダウンロードはこちら

松本教授の報告の写真
松本教授の報告

【事例報告1】長居原(ながいはら)遺跡(松本市会田)
 以前から学術発掘を実施していた東海大学考古学研究室の松本建速(まつもとたけはや)教授から報告していただきました。石積みは明治から大正期の築造であることがわかり、道は中世(15世紀中葉以降)に整地された可能性が高いことがわかりました。

井川城跡で発見された硯の写真
井川城跡で発見された硯

【事例報告2】井川城跡(松本市井川城1丁目)
 井川城跡は、信濃守護小笠原貞宗(1292-1347)が伊那郡松尾(現在の飯田市)から居館を移したとされる場所です。遺跡の年代や性格を探るため、発掘調査を行ったところ、室町時代の遺構や遺物が発見されました。写真は硯の出土状況です。

講演風景の写真
講演風景

【講演】弘法山古墳(こうぼうやまこふん)と出川西(いでがわにし)遺跡の発掘
 南松本一帯は、昭和の初めにはほとんどが桑畑だった場所です。しかし、出川西遺跡を発掘したことにより、弘法山古墳の時代(西暦3世紀頃)には集落があり、大勢の人が住んでいたことがわかりました。弘法山古墳から出土した土器と出川西遺跡の土器はよく似ており、弘法山古墳の被葬者と出川西遺跡に住んでいた人々とのつながりがわかります。
 松本市の埋蔵文化財保護の歴史にも触れながらの講演でした。

 雪による延期だったにもかかわらず、大勢の皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2012

13回目は、平成25年2月16日に松本市時計博物館4階 本町ホールで開催され、86名の皆さんにご参加いただきました。

「発掘された松本2012」の当日配布資料のダウンロードはこちら

県町遺跡で発見された礫床木棺墓の写真
県町遺跡で発見された礫床木棺墓

【事例報告1】県町遺跡(あがたまち・いせき)の発掘調査
第17次調査が3月から7月にかけて行われ、弥生時代、古墳時代、奈良・平安時代の住居跡が多数発見されました。写真は礫床木棺墓(れきしょう・もっかん・ぼ)という、底に小石を敷き詰めた上に木棺を納める形式のお墓で、弥生時代中期の千曲川・犀川水系で主に見つかる墓制です。3基のお墓が規則的に並んで造られていました。

海岸寺遺跡の試掘調査の写真
海岸寺遺跡の試掘調査

【事例報告2】海岸寺遺跡(かいがんじ・いせき)の試掘調査
海岸寺遺跡は平安時代に創建された海岸寺というお寺があった場所と推定されています。遺跡の一帯に現在も残っているひな壇上の地形が、古代・中世に造成されたものであることを確認するために、9月から10月にかけて試掘調査を実施しました。その結果、建物の基礎とみられる石列や池の跡などか発見され、平安時代や中世の土器などが出土しました。

松本城大手門枡形跡の発掘調査の写真
松本城大手門枡形跡の発掘調査

【事例報告3】松本城大手門枡形跡(まつもとじょう・おおてもん・ますがた・あと)の発掘調査
江戸時代の絵図面にも描かれている大手門枡形の残存状況などを探るために、7月から12月にかけて発掘調査を実施しました。一帯には以前は大きなビルが建っていたのですが、地表下1.5メートルの深さから枡形の石垣とそれを巡る堀が発見されました。堀の中からは大手門に使われていたと思われる屋根瓦が大量に出土しました。

後藤研究専門員の講演の写真
後藤研究専門員の講演

【講演】松本城の調査とその意義・課題
松本城管理事務所研究専門員の後藤芳孝さんに「松本城の調査とその意義・課題」と題して、講演をしていただきました。これまでの松本城や城下町関連の考古学的調査の成果について文献研究の面から解説していただき、今後の調査の方向性や課題、文献と発掘の協調体制などについてのお話をうかがいました。

発掘された松本2012会場風景の写真
発掘された松本2012会場風景

86名の皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2011

12回目は、平成24年2月11日に松本市時計博物館4階 本町ホールで開催され、112名の皆さんにご参加いただきました。

出川南遺跡で発見された大型の方形周溝墓の写真
出川南遺跡で発見された大型の方形周溝墓

【事例報告1】出川南遺跡(いでがわみなみ・いせき)の発掘調査
2010年から継続して行われていた出川南遺跡の第17次調査は弥生時代、古墳時代の墓制解明に大きな手掛かりを与える成果を上げることができました。写真は超大型の方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ:墓の周囲に方形の溝をめぐらした弥生時代に特徴的なお墓)で、弥生時代後期末に築造されたものと考えられます。

県町遺跡発見の弥生時代土器棺墓の写真
県町遺跡発見の弥生時代土器棺墓

【事例報告2】県町遺跡(あがたまち・いせき)の発掘調査
2010年から継続して行われてきましたが、上層で平安時代の集落跡、下層で弥生時代の集落跡と墓を発掘しました。写真は県町遺跡の下層で発見された、弥生時代後期の土器棺墓(どきかんぼ:弥生土器を骨壺にしたもの)です。

新井遺跡の重なり合う竪穴住居の写真
新井遺跡の重なり合う竪穴住居

【事例報告3】新井遺跡(あらい・いせき)の発掘調査
古墳時代から平安時代までの竪穴住居(たてあなじゅうきょ)が140軒以上、密集し重なり合って発見されました。写真は各時代の竪穴住居が重複している状況で、新井遺跡には長い期間継続した古代の集落があったことがわかりました。

平林先生の記念講演の写真
平林先生の記念講演

【記念講演】松本の弥生文化
報告会の最後に「松本の弥生文化」という題で、長野県教育委員会文化財・生涯学習課主任指導主事の平林彰先生から講演をしていただきました。

発掘された松本2011会場風景の写真
発掘された松本2011会場風景

112名の皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2010

11回目は、平成23年2月19日に松本市立博物館(2階展示室ロビー)で開催され、128名の皆さんにご参加いただきました。

出川南遺跡で発見された礫床木棺墓の写真
出川南遺跡で発見された礫床木棺墓

【事例報告1】出川南遺跡(いでがわみなみ・いせき)の発掘調査
出川町から南松本一帯に広がる大遺跡です。弥生時代中期の礫床木棺墓(れきしょう・もっかんぼ)が発見されました。

県町遺跡の平安時代住居址発掘風景の写真
県町遺跡の平安時代住居址発掘風景

【事例報告2】県町遺跡(あがたまち・いせき)の発掘調査
平安時代の大規模な遺跡の発掘。緑釉陶器(りょくゆうとうき)などの貴重な遺物が多数出土しました。

三間沢川左岸遺跡の発掘調査地(上空から)の写真
三間沢川左岸遺跡の発掘調査地(上空から)

【事例報告3】三間沢川左岸遺跡(みまざわがわさがん・いせき)の発掘調査
平安時代の大規模なムラの北限地域一体を発掘しました。ムラと外界を画す大きな溝、溝を渡る通路が発見されました。

牛伏寺堂平跡、鉦鼓出土状況(牛伏寺誌刊行会提供)の写真
牛伏寺堂平跡、鉦鼓出土状況(牛伏寺誌刊行会提供)

【事例報告4】牛伏寺堂平跡(ごふくじどうだいらあと)の発掘調査
重要文化財に指定されている平安時代の仏像を有している牛伏寺が寺誌刊行事業の一環で学術発掘を行いました。
堂平は鉢伏山中腹の標高1200メートル付近にあり、牛伏寺に関連する信仰施設があったと推定されている場所です。今回の発掘調査で平安時代後半の土器類や鉦鼓(しょうこ:金属製の打ち鳴らす仏具)が出土し、堂平の歴史が明らかになりました。
発掘調査を担当された、長野県立歴史館考古資料課長の原明芳(はら・あきよし)先生からご報告をいただきました。

発掘された松本2010会場風景の写真
発掘された松本2010会場風景

報告会は、128名の皆さんが参加されました。

発掘された松本2009

10回目は、平成21年12月12日に松本市立博物館(2階講堂)で開催され、130名を超える皆さんにご参加いただきました。

宮北遺跡発掘風景の写真
宮北遺跡発掘風景

【事例報告1】宮北遺跡の発掘調査
平安時代の大規模な集落址を発掘し、多量の遺物が出土

出川南遺跡発掘風景の写真
出川南遺跡発掘風景

【事例報告2】出川南遺跡の発掘調査
奈良・平安時代の集落址と、それより古い石積遺構を発見

殿村遺跡発掘風景の写真
殿村遺跡発掘風景

【事例報告3】殿村遺跡の発掘調査
東日本でも最古級の貴重な石垣が発見され、現地保存が決定されました。史跡整備に向けて、発掘を継続中

報告会風景の写真
報告会風景

報告会には、130名を超える皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2008

9回目は、平成21年2月14日に本町ホール(松本市時計博物館4階)で開催され、130名を超える皆さんにご参加いただきました。

沢村遺跡発掘風景の写真
沢村遺跡発掘風景

【事例報告1】沢村遺跡の発掘調査
奈良・平安時代の住居址と、弥生時代の遺物包含層を確認

桐原城址発掘風景の写真
桐原城址発掘風景

【事例報告2】桐原城址の発掘調査
戦国時代の山城の調査と、近世以降の治水堤防の確認

松本城西総堀土塁跡発掘風景の写真
松本城西総堀土塁跡発掘風景

【事例報告3】松本城西総堀土塁跡の発掘調査
史跡公園整備に向けて、土塁裾部と武家屋敷を調査

殿村遺跡発掘風景の写真
殿村遺跡発掘風景

【事例報告3】殿村遺跡の発掘調査
中世居館址と考えられる石垣などを確認(中間報告)

2008年度報告会風景の写真
2008年度報告会風景

報告会には、130名を超える皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2007

8回目は、平成20年2月17日に本町ホール(松本市立時計博物館4階)で開催され、80名を超える皆さんに1年間の発掘成果を報告させていただきました。

岡の宮遺跡発掘風景の写真
岡の宮遺跡発掘風景

【事例報告1】岡の宮遺跡・女鳥羽川遺跡の発掘調査
女鳥羽川河床で見つかった弥生時代の遺跡の調査風景

小松下遺跡発掘風景の写真
小松下遺跡発掘風景

【事例報告2】小松下遺跡の発掘調査
薄川左岸で新たに発見された古墳時代中期から平安時代の集落跡

宮北遺跡発掘風景の写真
宮北遺跡発掘風景

【事例報告3】宮北遺跡の発掘調査
古墳時代の住居跡の調査で良好に残存する土器が出土

報告会風景の写真
報告会風景

報告会には、80名を超える皆さんにご参加いただきました。

発掘された松本2006

7回目は、平成19年2月17日に本町ホール(松本市立時計博物館4階)で開催され、70名を超える市民のみなさんに1年間の発掘成果を報告させていただきました。

事例報告風景の写真
事例報告風景

事例報告では、宮渕二つ塚遺跡・北起し遺跡・松本城西総堀土塁跡の3ヶ所について、それぞれの調査担当者により報告いたしました。

記念講演風景の写真
記念講演風景

記念講演会では松本城西総堀の発掘調査に関連して、松本城管理事務所の青木研究専門員から「松本城土塁の歴史と意義」と題する興味深いお話を聞かせていただきました。

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問い合わせ先

教育部 文化財課 埋蔵文化財担当
郵便番号390-0823 松本市中山3738番地1 松本市立考古博物館内
電話:0263-85-7064 FAX:0263-86-9189

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