西郷孤月(さいごう・こげつ) 生没年 1868〜1912年

【作家紹介】
本名・規(めぐる)。松本市土井尻出身の明治期を代表する日本画家。
東京美術学校の同期には横山大観、下村観山らがいます。
孤月はその技術と才能を見込まれ、岡倉天心媒酌のもと橋本雅邦の娘と結婚。大観、観山、菱田春草とともに「雅邦門の四天王」と称されましたが、その結婚の失敗が彼の画業をも大きく左右する結果になりました。日本美術院の同輩らは天心とともに欧米へ渡航、しかし孤月は渡欧費用を工面することができず、自らの画境を拓くため各地を放浪、台湾へ渡りましたが病をえて帰国、日本で亡くなりました。孤月の作風には狩野派の画風が下地にあり、その上に琳派、西洋画の技法を取入れて近代日本画の改革を目指しました。作品の画面の多くには、雅邦門の四天王と呼ばれながらただひとり脚光を浴びることのなかった孤月特有の寂寥感が漂います。 
(M)  

【作品紹介】
作品名 
夜桜之図 
制作年
明治39年(1906年)頃 
形 状
絹本着色、軸装 
サイズ
129.4cm×41.3cm 

横山大観、菱田春草が天心との欧米渡航から帰国し、明治39年(1906年)に日本橋倶楽部で開催した展覧会に孤月が出品した作品のひとつ。画面右上におぼろに光る満月、今を盛りと咲き誇る桜枝に月光を遮るように垂れ下がる柳枝の暗い影。欧米での高い評価を手にした友を見つめる孤月。春宵の情景に自らの心の闇を投影したのでしょうか。 







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