小林邦(こばやし・くに) 生没年 1906〜1990年

【作家紹介】
本名・邦報(くにつぐ)。南安曇郡穂高町(現安曇野市穂高)に生まれる。
旧制松本中学在学中に画家を志して川端画学校に学び、小杉未醒(のちの放庵)に師事しました。その後、昭和2年(1927年)にフランスから帰国した宮坂勝が松本で松本洋画研究会、美術団体・三元社を創設するとこれに参加し、以後宮坂勝に師事、のちに信州美術会の会長を務めました。
作品は国画会、長野県展を発表の場としていましたが、東京でも個展を開催、その作風は棟方志功にも注目されていました。
とくに昭和30年代以降の作品には明るい色彩が溢れ、自由な画風のものが多く見られます。風景や花の美しさを子供のように純粋で無邪気な視点で捉えた邦の世界は、見る者の心を明るくし、思わず微笑んでしまうような魅力があるのです。
(M)  

【作品紹介】
作品名 
百日草
制作年
昭和47年(1972年) 
形 状
油彩、キャンバス 
サイズ
45.8cm×37.8cm 
 

 

第27回県展に「花」の題で出品された作品です。
明るい黄色を背景に黄緑色の葉の間からヒョロリとのびた百日草の花。赤とピンクの花の配色が目を引きます。邦の無邪気な感性から生まれた明るい色彩とデフォルメされた花の画面構成は、見る者の心を明るくなごませてくれます。







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