上條信山(かみじょう・しんざん) 生没年 1907〜1997年

【作家紹介】
本名周一。長野県東筑摩郡神林村(現松本市神林)に生まれる。秋山白厳に師事した後、比田井天来から「信山」の号を授かります。長野師範学校卒業後、宮島詠士の門をたたき、その師である張廉卿の書にも大きな影響をうけました。また、大東文化大学で学んだ漢学の素養も背景となって「信山バリ」とよばれる書風を確立していきます。その作品には、躍動感や俊敏さ、そして比類のない速度感があります。
戦後、書道教育が危機的状況におかれたときの渾身の主張や文部省への強い働きかけは、書教育への貢献という信山の大きな業績の一つといえます。
新しい日展の書部門や、謙慎書道会において精力的に活動、また自ら書象会を主宰し、書芸術の普及、制作発表、教育活動に尽力しました。晩年には、海外での活動、特に中国との交流を積極的にすすめました。
平成9年に信濃教育会より、また平成10年に御遺族より作品が寄贈されました。 
(R)  

【作品紹介】
作品名 
堅勁
制作年
昭和44年(1969年) 
形 状
紙本 墨書 額装 
サイズ
133.0cm×61.0cm 

改組第1回日展に出品し、内閣総理大臣賞を受賞した作品。この作品には、書法の確立を意識し始める62歳の信山が、自己の書法を最も自分らしく、明確に、そして鮮烈に表現しようとする意思が込められています。『堅』と『勁』を微妙に書き分け、飛墨の効果、渇筆の動きのバランス共によい出来映えであり、その語の意味通り、堅く、強く、何ものにも妥協しない強固な印象を見る人に与えます。「信山バリ」といわれる書流が結集した傑作の1つです。 

 

 







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