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松本市美術館長 小川稔

   
    下ゆく水
 
 こんにちは。松本市美術館にようこそ。
 松本市は3000メートル級の北アルプスをはじめ、四方を山々に取り囲まれたまちです。毎春、高い山から里に向かって流れ落ちる雪解け水が樹林の根の間を縫い地中に潜り、大きな地下水槽にたたえられ、そして美術館の建つ標高590メートル辺で自然に噴き出します。松本は耳を澄ますと、湧水の音が絶えず聴かれるまちです。あふれた水は幾筋もの水路に分岐し、生命を支える血管のように市街を巡っているのです。
 今年二月に降った記録的な雪のせいでしょうか、美術館の周囲で、高く低く響く水の音にいつもより勢いが感じられました。
 王朝人は言葉にならない思いをわき返る伏流水にたとえて詠いました。巧まずしておのずから湧出、時に激しく流れ、循環する水は確かに「心のかたち」とみることができます。

 暗渠を行く水のように、このまちを通過した人々の思いも土地の下でまだ脈打っています。そのようなかすかな声に注意深く耳を澄ますのも私たちのしごと。
 戦後間もない頃の話です。当時の松本には旧制高校という独特な文化的風土がありました。そこに集い、一時を過ごした、今からみればいささか風変わりな青春群像があったのですが、その中に後の作家、辻邦生と北杜夫がいました。共通の文学への志に結ばれた友情は松本の地を離れた後も長く続き、その間頻繁に交わされた書簡が二人亡き後、公刊されました。
 大変貴重な青春の記録です。この土地の自然と風土がいかに文学、芸術を志す若者たちを鼓舞したかがわかります。
 たとえば、数日間を信州の山中で過ごした若き日の辻邦生の述懐がこれです。
 
  この自然。―おそらく、この信州の母なる大地は、傷ついた多くの
  魂を癒やしてくれるだらう。病める身をただ憩ふためにのみ、大地
  に横たへるとき、自然は―母なる自然は、深い愛と清浄とで僕らの
  傷をいたはつてくれるだらう。
          (辻邦生・北杜夫往復書簡『若き日の友情』より)
 
 卒業後仙台に進学した北杜夫にしても信州の山野へのつよい憧れからしばしば松本に戻って来ています。自然が傷つきやすい若者たちへの一時の癒しというようなことでなく、もっと切実に、その日の若者を生かすために不可欠なものであったことがわかるでしょう。山と森を散策しつつ思索を深めた辻の次のような決意もみられます。

  今では歩くより外に途がなくなつた。停まつたとき、それは死だ。
  だから歩かう、ただ歩かう。より自分であるために。(同上)
  
 悩み惑いながら歩くこと、時に力強く、時に不器用に停滞する若者の歩み。青春の特権である目的のない彷徨。信州の山でなくとも、そのような場所は現代でも、またとっくに青春を過ぎたものにも必要です。冷えた朝の大気と鮮烈な清水に代わる何かがあれば……。
 美術館をはじめ今日の公共文化施設の役割は限られた芸術愛好者のためのものということではなく、たとえば、誰もが腰をおろし人生の来し方をつかの間振り返ることができる小高い丘であったり、冷たい流水に足を浸して一番親しい人と語りあう場所に似ているべきでしょう。
 美術館が建つ松本平のあるがままの環境とその起伏をなぞって流れる涌水は私たちが目指す美術館のヒントとなります。
 
 今年も、松本市美術館では皆さんにお伝えしたいいくつもの物語が生まれています。どうぞ年間をとおしての企画展とコレクション展、どなたも参加できる教育普及事業にお出かけ下さい。




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